「やる」「無理よ」と何度も派手なケンカをしました(取材・文 山本憲資)
昨年11月、父が音楽監督を務めるサイトウ・キネン・オーケストラ(以下、SKO)が、国際宇宙ステーションに向けてクラシックの生演奏を届けました。「ONE EARTH MISSION」と名付けられたこのプロジェクトで、父は4年ぶりにタクトを振りました。
きっかけはコロナ下のこと。ニュースは心が重たくなるものばかりで私は高齢の父が心配でなりませんでした。ある日、ひょんなことから日本上空を通過する宇宙ステーションを息子と見たのです。すごく強い光が、流れ星のように上空を進んで行きました。不安で足元しか見ていなかった自分の気持ちが、宇宙に視点が移ったことでふと楽になりました。
それから何度も夜空を見上げるうちに、「宇宙飛行士のかたがオーケストラの演奏を聴きながら地球を眺めたらどんな気持ちになるのだろう」と妄想するようになったのです。
ある日、宇宙飛行士の毛利衛さんに「父たちの音楽を宇宙へ届けてみたい」と思い切ってメールを送ったところ、電話がかかってきて、「宇宙にオーケストラの生音を届けるのは史上初です。初の試みが小澤征爾さんとSKOによるものだったら、こんな有意義なことはない。早速JAXAへ行きましょう」とおっしゃるのです。
すぐに「パパ、もしそんなことができるとしたらやる?」とたずねると、「やる!」とうなずき、力強く即答。父はピュアにやりたい事には前のめりになる人です。
子どもの頃から父を人として尊敬する理由に、父が一切差別をしないということがあります。父は「ぼくが音楽を好きだと思う気持ちと、7歳の子が音楽を好きと思う気持ちは全く同じ。音楽はあらゆる国境も言語も文化の違いも人種も超えて、人の心と心を繋ぐことができる」と強く信じています。相手の職業や年齢、性別、人種で、父の態度が変わったことを私は見たことがありません。その信念はまさしく宇宙から見た地球の姿と重なりました。地球には国境が見えないし、ひとつの生命体としてみんな実は1つである、という感覚――私がそう言うと、父はふわっとした笑顔でうなずきました。
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source : 文藝春秋 2023年9月号