「これは冒険活劇です」「僕には時間が無い」巨匠の注文に応え続けた“アニメ職人”の6年
本田 ある日、宮﨑さん本人から、「こういうのをやるんです」「本田さんは『エヴァンゲリオン』をやるそうですが、ぜひこっちをやってほしい」と言われた。それが最初でした。最初から答えを迫ってきているような感じでしたね(笑)。
宮﨑さんはどんな物語なのか、全く説明しないんです。「これは冒険活劇です」とだけ言われました。あまり説明をする人じゃないんです。「絵コンテを見て理解してください」という感じなんです。
7月14日、宮﨑駿監督(82)の最新作『君たちはどう生きるか』が公開された。引退宣言をした前作『風立ちぬ』以来、10年ぶりの長編で、公開4日間で観客動員は135万人、興行収入は21億円を突破。これは『千と千尋の神隠し』を上回る初速だ。タイトルこそ吉野源三郎の児童向け小説の題名だが、内容はまるで異なる。同書を子供の頃に読んで感銘を受けたという宮﨑監督がタイトルに借用したもので、映画のなかでは主人公・眞人(まひと)がこの小説を読んでいるシーンが描かれているものの、実際には戦時中の日本を舞台にしたファンタジー作品となっている。
本作の作画監督を務めたのが、本田雄氏(55)だ。20年以上にわたり庵野秀明監督の「エヴァンゲリオン」シリーズを担当してきた名うてのアニメーターで、『君たち』の制作に加わる前には『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の作画監督を務めることが内定していた。だが、スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーが庵野監督に直談判。ジブリへの“大型移籍”が実現し、ファンの間では大きな話題となっていた。その本田氏が今作について初めてインタビューに答え、2017年に始まった、実に6年にわたる巨匠・宮﨑監督との“真剣勝負”の日々を振り返った。
ポニョとボロも
本田 はじまりはまだコロナ前、2016年の夏頃ですね。当時、僕は宮﨑さんが原作・脚本・監督を務めた短編の『毛虫のボロ』の作画監督として、机を並べて仕事をしていたんです。ジブリ美術館でかけるオリジナル短編ですね。実は『崖の上のポニョ』もお手伝いしたことがあって、宮﨑さんと仕事をするのは初めてじゃないんです。そうした会社を超えた仕事は、業界では当たり前にあることなんですよ。
でも、机を並べて絵を描くのは初めてで、最初は緊張しました。『ボロ』の作画をしていると、宮﨑さんが横で本を読みながら、なにやらメモを熱心に取っている。それも、あまり目立たないようにコソコソしていて、様子がおかしいんです。何の本だろうと思って見ると、アイルランド人作家が書いた児童文学でした。『ボロ』とは何の関係もない本です。
もしかして次の作品かなと思って、「それ、何ですか」と聞くと、「いや、こうしてメモを取りながらじゃないと本が読めないんです。忘れちゃうから」と言っていました。おかしいなと思いましたよ(笑)。今思えば、それが『君たち』の初期段階の企画メモだったんですね。
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source : 文藝春秋 2023年9月号