スタジオジブリ最新作「君たちはどう生きるか」は監督の宮﨑駿氏も“訳のわからなさ”を認めている映画だ。この作品の謎を、サブカル評論家として知られる朝日新聞の太田記者が解き明かす。(この記事は後編です。前編はこちら)
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「石の歴史」と日本の盛衰の奇妙な一致
石が落下したのが明治維新(1868年)の少し前とすれば、大叔父が石の力で新たな世界の創造を始めたのは日清戦争(1894~95年)の最中か、その直後ということになる。そして大叔父が自らの創造した世界の崩壊を危惧して眞人を塔へと呼び寄せたのは、日本の敗戦が間近になった頃だった。石の出現からその崩壊に至るまでの過程は、近代国民国家としての大日本帝国の誕生と海外への進出、そして滅亡に至る歴史と軌を一にしているのだ。
眞人の父が零戦の風防を製造する軍需工場を経営していること、そして眞人自身が「この世界は僕の来た所と全然違うけど、似ている所もあるんだと思う」と話していることからも、この一致には意味があるとしか思えない。一見、異世界を描いたファンタジーに見えるこの作品は、底のところでは日本の戦争の歴史と強く結びついているのだ。
眞人が大叔父に「この石が、この海の世界をつくったのですか」と問うているように、この異世界で大きなウェートを占めているのが海であり、沖合には船のまぼろしが多数浮かんでいる。それは「紅の豚」や「風立ちぬ」に登場した「空で亡くなった人々が愛機の幻影と共に飛翔し続ける天空の世界」を連想させる。
キリコの「この世界は死んでいる奴の方が多い」という言葉もそれを補強する。現実の日本も海に囲まれた国であり、日清戦争も、日露戦争も、太平洋戦争も、海での戦いが大きなウェートを占めていた。石を中心とするあの異世界が担っている役割の一つは、海の戦いで死んでいった人々の魂を浄化して「ワラワラ」という無垢なる魂の種子へと再生させ、再び現実世界へと転生させることにあるのではないか。
眞人が異世界で遭遇する「墓の門」に「我ヲ學ブ者ハ死ス」とあるのも示唆的だ。近代国家が大規模な戦争を遂行するには、自分や家族の命運と国家の命運を同一視し、国家のためには命も捨てる「ナショナリズム」という一種の宗教を人々の心に根づかせる必要がある。ナショナリズムの特徴は、身内の国民1人ひとりを平等に扱う普遍主義と、「我々国民とそれ以外の彼ら」とを峻別する特殊主義との併存にある。
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