20代の半ばまでは物語の虜でした。『フランダースの犬』(ウィーダ、岩波少年文庫)を読んだのは、小学校6年の時です。年齢的に遅めですが、画家を夢見る貧しい少年ネロと愛犬パトラッシュが、憧れの絵の前で身を寄せ合いながら絶命する終幕に涙が止まらなかった。同時に「物語にはこんな力があるんだ」という発見でもありました。その後、芝居のシナリオを書き始め、大人になるまで児童書を読み続ける始まりでした。今のアニメーションの仕事の基礎にもなっています。
物語から評論や文化論へと次第にその読書遍歴を変えていったのは、宮さん(宮﨑駿)と高畑勲さんとの出会いと関係しています。
この2人の天才を理解したいという思いから本を選ぶことが増え、彼らが敏感に感じ取っている時代の論理や西洋と日本の考え方の違いに好奇心の対象が変わっていった。本を通じて論理で世界を理解できるようにもなることが楽しかったのです。
とくに影響を受けたのは、『野生の思考』(レヴィ=ストロース、みすず書房)です。原著が出たのは1962年、人類の進歩を前提にしてきた近代合理主義への異議申し立てとして世界が注目していましたが、邦訳が出たのはその14年後の1976年。私もすぐに読みました。
この時はまだ宮さんと出会ってはいませんが、さらに10年近く経って一緒に仕事をするようになると、この本で「器用仕事」と訳されていたブリコラージュという概念が、宮さんの独特の仕事のやり方を理解するのに役に立つことになるのです。
著者によれば、物事を抽象化せず、手近なものをあれこれ寄せ集めて器用に作業をしながら物を考えるのが野生の思考だと言います。そうやって暮らすオーストラリア先住民や南米のインディオの知性には、世界の行き詰まりを打開する鍵があると、著者は唱えていた。
実際、宮さんも物事を抽象的に整理整頓して話すのが大嫌いな人です。「魔女の宅急便」に取りかかる当初、宮さんが「何を作ったらいいか」と唸っているので2人で散歩に出たことがあります。3時間も歩き回った末に入った喫茶店で、宮さんが「わかった、鈴木さん!」とマジックを取り出し、紙ナプキンを広げた。
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