引退宣言を撤回し、「君たちはどう生きるか」での復帰を発表した映画監督の宮崎駿(80)。2度にわたり宮崎作品に出演した美輪明宏氏は、「表現者としての性(さが)」を感じたという。
美輪さん
初めて宮崎さんにお会いしたのは映画「もののけ姫」のアフレコです。スタジオに宮崎さんがいらして、録音をはじめる前にお話をしたら、ずいぶん意気投合しましてね。当時の時事問題から、古代の文明、近代の文化まで、あらゆることに精通していらっしゃる。そうした知識が作品の血肉になっているのだと、感心したことを覚えています。
その場で、私が演じた「モロの君」という犬神の役についても意見交換しました。宮崎さん曰く、モロはいわば観世音菩薩とのことでしたが、観世音菩薩はただ優しいだけの慈悲の神様ではありません。救う相手の姿に応じて千変万化の相となり、ときに不動様のような忿怒の形相を見せることもある。そして、男でも女でもない、性を超越した存在です。そんなお話をして、宮崎さんがなぜモロ役を私に依頼してくださったのか得心がいきましたし、「ふだんの美輪さんのままで」と言っておられたので、そのように演じました。
ただ、物語の終盤、モロが猪神の乙事主に対して「もはや言葉まで無くしたか」と言葉を投げるシーンがあるでしょう。台本だけでは、モロの感情がつかめなかった。祟り神になりかけ、理性を失った乙事主を敵として成敗したいのか、あるいは慈悲で包みたいのか。どんな意図で脚本をお書きになったのか質問すると、宮崎さんはにやりと笑って「遠い昔、モロと乙事主は良い仲だったんです」とおっしゃった。そのひとことですべてを理解しました。モロの胸の中では、かつて愛しく思っていた乙事主への憐憫、青春時代の残景、しかしそれとこれは別だという戒めの気持ちが複雑に絡み合っている。それに気づき、「わかりました」と言って演じたら、1度のテイクでOKでした。頬を緩めて「たいへん結構でした」と言ってくださりました。
宮崎駿
ちょうどその頃、宮崎さんの仕事場にお邪魔したことがあります。三鷹にある、草木に囲まれたスタジオで、宮崎さんをはじめ何十人ものスタッフの方々が仕事をしていました。よく見ると、この人はデッサン担当、この人は色付け担当、と役割が分かれていて、なにからなにまで緻密に計算された全体作業を宮崎さんが統率しているんです。けれども独裁政権ではなく、すべての人が平等。みなさん一人ひとりが同じ力関係で、宮崎さんが掲げる理想に向かって突き進んでおられる。スタジオジブリでは「いい意味の社会主義」が実現しているのだと感じました。
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source : 文藝春秋 2022年1月号