中学受験に合格。でも入学した後挫折が待っていました。野球部ではまったく芽が出ず、ずっと補欠。成績も悪く、スクールカーストも低くて、学校生活は厳しい戦いの日々。それで高校になって演劇部に転向したんです。初めて脚本を書いて校内で上演したら、めちゃウケて笑いが取れた。これが大きな成功体験になって自尊心が回復したんです。
『まんが道』(藤子不二雄Ⓐ、中公文庫)はその頃、繰り返し読みました。のちに藤子不二雄となる2人の少年が北陸の田舎町でお互いに刺激し合って成長していく。孤独じゃないのがいいんです。クリエーションの舞台裏を描いている作品はあまりないので、夢を追いかける2人の姿に憧れながら何度も読み返しました。僕のバイブルです。
そういう物語を書きたいという時期に読んだのが『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』(新潮文庫)。物語は心の奥深いところに降りていくと生れて来る――村上と河合が語り合うのは、今思うとユング心理学の枠組みなんですけれど、もしかしたら自分の中にも物語が埋まっているかも、それを自分は掘り起こすことができるだろうか……などと考えると心打たれてしまい、カッコいいと思ってしまった。
子供の頃から物語が好きで、大学でも物語の勉強をしたかった。それで文学部に行こうかと考えていたんですけれど、この本を読んで心理学がいいと思い直しました。その意味では僕の人生を変えた本です。
臨床心理学を勉強しようと思って入った京都大学で出会ったのが、山中康裕先生の『絵本と童話のユング心理学』(ちくま学芸文庫)。もう河合先生は退官していて山中先生が看板教授でした。すごく変わった先生でいまどき珍しい教養溢れる知識人。井筒俊彦が出会ったイスラームの賢人みたいといったら言い過ぎかもしれませんが、折に触れてされる「語学自慢」も、7カ国語を操るんだから、学生たちは認めないわけにはいきません。
この本は傑作でユング心理学のいいところがぜんぶ出ている。とりわけ印象に残っているのは、ギリシア神話のアモールとプシュケの物語を読み解いて行くくだり。読み進めるうちに「たしかにオレの中にもアモールとプシュケが生きているな」と思っちゃうんですね。
伝説や神話が時空を超えて現代の自分たちの深層にもつながっている。ユングはそういうファンタジーの人なんです。僕はすっかり魅せられてしまって、学部の1、2年生の頃はユング心理学をかなり勉強しました。臨床をやり始めると、それだけでは現実には通用しないなって思うんですけれど。
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source : 文藝春秋 2023年5月号