『人間喜劇』を読み返す

宮崎 美子 俳優・タレント
エンタメ 読書

 幼いときに初めて買ってもらったのはグリム童話だったのではないでしょうか。小学生の頃は、学級図書を借りて読むといったごくありふれた環境だったと思います。

 高校1年生のとき、友人に薦められて読んだのが、『草の花』(福永武彦・新潮文庫)でした。旧制高校に通う18歳の青年・汐見が、同性の後輩を友情の域を超えて愛する。そのプラトニックラブが女子高生のあいだでは流行ったのでしょう。登場人物の“孤”に、深く惹かれました。

宮崎美子 Ⓒホリプロ

 2年ほど前にふと読み返しましたが、本棚にある文庫本は当時のものなので側面は焼け、中の頁は白いまま、食パンのようです。その食パンからキラキラと光るものが零れ落ちてきます。

 汐見ほどの強固な意思を持ったひとでさえ、求めた愛が手に入らなかったことを考えると、恋愛が封じられてしまう気がして。「もうこの世で愛など手に入らない」と思ってきたことに気づかされるのです。美しくもあり私にとって“呪いの書”でもあります。

 大人になって幾度か読み返すものに、『人間喜劇』(ウィリアム・サロイヤン・晶文社)があります。第二次大戦中のアメリカで、移民家庭の14歳の少年が電報局で戦死の報せを届ける仕事をします。その年齢で「死」と直面し、最後は自分の兄の死報を届けなければならない。全体的にどんよりと曇った空のような小説です。でも死という人間が避けて通れないものについて考えさせられて、どこか気持ちが鎮まるように思います。

 心に残る一節は「戦争というのはさびしさから起こる」。最後に読み返したのは、2002年のモスクワ劇場占拠事件の直前でした。百数十人もの方が亡くなり、それを報道したジャーナリストものちに射殺されました。番組の取材で池上彰さんとロシアを訪ねたことがありますが、ロシアという国は、記者が、知りえた事実を伝えたら命を失う社会なのかと身に染みました。それがまだ現在も続いています。誰もが抱える「さびしさ」と戦争の繋がりを考えさせられます。

 ミステリー小説も大好きで、よく手に取ります。『十角館の殺人』(綾辻行人・講談社文庫)は、謎が明らかになったとき思わず声が出ました。つい最近読んだ『方舟』(夕木春央・講談社)は、最後の場面がとても余韻に残る、見事な作品でした。

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source : 文藝春秋 2023年5月号

genre : エンタメ 読書