僕は遺伝子を盗むのがうまい作家だと思っています。作家にとって重要なのは、「見て、感動して、忘れる」こと。誰かの作品の筋書きを覚えて書くとパクリになってしまうから、感動とやり口だけ残してあとはデリートする。それが蓄積になっていくと思います。特定の何かを意識して書くことはありませんが、自分が面白いと思って書くものの根底には、「本読み」としての経験値が絶対的に存在する。
なかでも外せないのは、やはり池波正太郎先生の『真田太平記』(朝日新聞社)です。小学5年生の時、母親と通りかかった古書店の軒先にあったのがなぜか目につき、ねだりました。それまで本なんてぜんぜん読まなかったから、「あんた、そんなん読むんか」と言われながら買ってもらったのを覚えています。
その後、40日足らずの夏休み中にシリーズ全16巻を読み切りました。自分から進んで本を手に取ること自体初めてでしたが、そこから一気に歴史小説にハマっていきました。本好きの祖父の影響で昔から家には本がたくさんあったものの、きちんと認識するようになったのはこの頃。「あれ。これも、こんなんもあるやん」と急に本棚がお宝に見えてきた。そこで読んだ池波先生の『鬼平犯科帳』(文春文庫)や『剣客商売』(新潮文庫)は作家として目指すべき「型」になっていて、まちがいなく僕の『羽州ぼろ鳶組』シリーズの原点になっています。
じいちゃんの本棚を前にした小学生の僕は、それから司馬遼太郎や山本周五郎、藤沢周平にまで次々手を伸ばし、『吉川英治全集』でさえ1年足らずで読破してしまいました。多い時には年間170冊くらい。並行して、遺跡の発掘調査の報告書も読んでいた。古本屋に100円くらいで大量に流れてくるのをかき集め、「この小説に出てきた〇〇城のつくりはこうなっているのか」なんて、飽きずにやっていましたね。
そこではたと気づいたんです。
このペースでは、いつか読む本がなくなってしまう。
それなら続きを自分で書けばいいんだ、と作家を目指し始めたのはまた別の話で、当時は現役で書き続けている作家さんの作品も追っかけるようになりました。
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source : 文藝春秋 2023年5月号