news zeroメインキャスターの有働さんが“時代を作った人たち”の本音に迫る対談企画「有働由美子のマイフェアパーソン」。今回のゲストは、臨床心理士の東畑開人さんです。
東畑さん(左)と有働キャスター
芸能スキャンダルで「孤独」を考える
有働 東畑さんの週刊文春の連載エッセイをまとめた新著『心はどこへ消えた?』(文藝春秋)、とーっても面白かったです。韓国や台湾の霊能者に会いに行ったらみんな細木数子さんの髪型だった、というくだりは「わかるわかる、その情景浮かぶわ〜」と3分くらい笑いました。
東畑 本当にそうなんです(笑)。
有働 喩えや感情の表現もとにかくお上手で。カウンセリングの本だし、癒やされるかなと思って寝る前に読み始めたら、笑いすぎてかえって眠れなくなったほどです。
東畑 それはそれは恐縮です。
有働 今のお仕事から考えると、親御さんは「人の心を開く」という想定で名付けたのでしょうか?
東畑 いや、開拓民のような「開く人」の想定だったらしいですね。
有働 人生を切り開く、的な。
東畑 はい。でも今の仕事はどちらかというと「人を開く」仕事なので、思わぬ応用になっています。
有働 東畑さんの経歴をざっとご紹介すると、東京生まれで、中高一貫の進学校から京都大学へ進学し、京大大学院で博士号を取られた。ここまででも輝かしい経歴ですけど、卒業後は、沖縄の精神科デイケア施設で4年間勤務されて。今は東京に戻って、大学の准教授をしつつ、白金高輪でカウンセリングルームも主宰している。めっちゃエリートやん! と思ったんですけど。
東畑 まあ、ある程度はそうなのでしょうけど……。でも、外側へ、外側へと流れていくのが僕の人生、という気はするんですよね。
有働 外側へ流れていく?
東畑 はい。今回の本では中学受験で志望校に落ちた話も書きましたけど、東京育ちなのに神奈川の中高に行き、京都の大学に行き、西へ西へと流れていく。とはいえ、ここまではいわゆるエリートコースだと自分でも思いますが、沖縄の精神科クリニックに就職したのは大きな転機でした。普通は大学院を出たら大学で教える仕事に就くところなのに、なんかそれがいやだった。ずっと競争し続けるのには、無理があったんだと思います。
最新作『心はどこへ消えた?』
ソクラテスに逃げる
有働 勝つために競う人生ですもんね。
東畑 そうやって大学を離れることで、人が「普通に」生きるために何が必要なのかを臨床心理士として学べた気がします。競争の外側に、日常をグルグルと生きる世界があることを学んだ時期といいますか。
有働 その体験が、大佛次郎論壇賞を受賞したご著書『居るのはつらいよ』(医学書院)に結実したわけですね。
東畑 はい。今は大学に戻りましたが、一方で大学の外でカウンセリングルームを開業しています。なんか1か所にうまく留まれない。どうも僕の心には居心地の悪さみたいなものが常にあるのだと思います。
有働 居心地が悪くて新たな挑戦をするのは、逃げなのですか?
東畑 実質は逃げています(笑)。逃避。はみ出す。人生を振り返るとその繰り返しです。そこには他人に言われたことを「ほんまかいな」と疑ってしまう反発心もあります。大学3年生ごろから僕の中でソクラテスブームが来たんですよ。
有働 ソクラテスブーム!?
東畑 ソクラテスの本を読むと、彼は誰かが何か言ってくることにツッコミを入れ続けているんです。
有働 面白い。
東畑 人間こうやって生きないといかんなー、と謎に感化されまして。それを何年もこじらせるうちに周囲とうまくいかなくなった(笑)。かなりウザいんですよ。ソクラテスも最後は死刑になっているわけです。あまりにウザいので。僕は死刑になるほどのパワーはないですが、それでも「本当なのか、それ?」と常に言ってきた気がします。
「超自我」と日本人
有働 『心はどこへ消えた?』で「ああ、これは私のことだ」とすごく共感したのが「超自我」の話です。超自我というのは誰の心にも存在し、こうすべきだと規範を示したり価値判断したりする「心の中の上司役」ですが、私の上司役はたぶん厳しくて、何をやってもダメだと叱ってくる。自分を褒めようと思っても、いざ褒めると不安になるんです。
東畑 なるほど。
有働 常に「またダメだった。がんばらなきゃ」と考えるのはとても苦しいけど、どこかで安心する自分もいる。これって大丈夫でしょうか。……すみません、私のカウンセリングみたいになっちゃった(笑)。
東畑 大丈夫です(笑)。有働さんは立派なお仕事をされているから問題ないと言えばないでしょうけど、それでも苦しいですよね。自己啓発本にはよく「自分で自分を許そう」と書いてありますが、自分で許すのって無理があるから、長持ちしないんです。それよりも他者に許してもらった方がいい。自分の中の超自我より、現実の他者のほうが案外優しいものです。超自我が強くてちょっとクレイジーな自分を、誰かが許してくれる、わかってくれることが大事かなと思います。
有働 そうか! 今のお話のおかげで、なんでうちに似たような自己啓発本が何冊もあるのかわかりました。魔法がすぐ解けるから。
東畑 そうです。だから何冊も買い続けないといけない。
有働 私みたいな人こそカウンセリングに行くといいですか? でも自分に厳しめで苦しいというちっぽけな悩みでカウンセリングに行くなんて、恥ずかしいし、我慢しようと思ってしまいます。
東畑 それも超自我ですね。クライアントの方にも、ときどき話し終えた後に「こんな話で大丈夫ですか」とおっしゃる人がいます。自分の話したことは世の中のつらいことに比べたら個人的で小さい話だ、と。そういう言葉を聞くと、日本社会はプライベートな悩みにあまり居場所がないなと感じます。『心はどこへ消えた?』というタイトルにはそうした含みもあるんです。ご本人の中でも心が消えちゃう、との意味ですね。
有働 そういえばニューヨークで特派員をしていた頃、現地の若いアシスタントたちが何かと「カウンセリングに行ってきます」と言っていたんです。何なら私が相談に乗ってあげるのに、なぜ高いお金を払って行くのかと思っていました。日本と欧米ではカウンセリングの捉え方に違いがありそうですね。
東畑 日本人を含めて東アジアの人は心が苦しくなると、うつが体の不調として現れる傾向があるそうです。つまり、心の問題が身体の問題になるまで他者と共有しにくいカルチャーがある。欧米のような個人主義社会だと、心が苦しいときにカウンセリングを受けることは市民権を得やすいですが、日本のような集団主義社会だと「人に言えない何かがあるの?」と見られかねない。だからカウンセリングはあまり良いものとして捉えられない面もあるのではないかと感じます。
(画像はイメージです)
トランプ支持者の心
有働 確かに。隠し事じゃないですけど「ここで話せないことがあるのか」と訝ってしまう心理は、私にもあるかも。そういう考えの人が集まったこの社会って、個人主義の国と比べてどうなんでしょう。
東畑 たとえば昨年のコロナ初期なら、日本は法律で定められてもいないのに皆が自粛してすごかったじゃないですか。ああいう時には集団主義は役に立った。ただ、そこには強さと弱さの両方があるでしょうね。
有働 そうですね。でも今、皆の気持ちが一体ではなくなってきて。
東畑 そうそう。
有働 法律違反ではないからと欲求に忠実になって飲みに行く人たちを、許さない人も少なくない。この前まで手をつないでステイホームしていたのに、急に敵味方に分かれてしまった感がありますよね。
東畑 まさに。自分と違った考えを持つ人とどうやって付き合うか。その難しさが出てきていますね。
有働 この問題はどうにかなるんですか。五輪やパラリンピックで多様性を謳った先に、些細なことについて「絶対許せねえ」みたいな人たちがいる日本で。
東畑 それは、心のダイバーシティの問題でもあると思うんです。いろいろな自分がいることが大事です。「俺もフジロック行きたい」と思う自分もいれば「でも社会のために理性を利かせなきゃ」と判断する自分もいる。矛盾する気持ちを自分の中に置いておくことが、違う考えの他者と付き合うには大事なんじゃないかと思います。赤い心も青い心もあるからこそ、赤っぽい人とも青っぽい人とも付き合えるわけです。逆にそういう心のダイバーシティが消えるのは、追い詰められている時です。
たとえば、僕の身近な人がトランプ支持者になりまして。
有働 日本人で?
東畑 はい。あるときから「バイデンは、本当は大統領選で負けていた」と言い出した。「そんな人でしたっけ」と驚きましたが、彼がトランプ支持者になったのは、仕事がうまくいかなくなったのがきっかけだったみたいです。今世の中が複雑で、自分が置かれている状況も理不尽に思える。そういうときにすべて陰謀論で理解したら、ゴチャゴチャしていた心が軽くなったんですね。
有働 なるほど、心の痛みを麻痺させるために。
東畑 そう、だからそれは必要なことでもあったんですけど、そのとき心はシンプルになりすぎる。
「論破」への対処法
有働 追い詰められている人が、自分の心の偏りに気づいて苦しくなることもありますよね。周囲の人はどう接すればいいんですか?
東畑 不登校だった子が、もう1度登校するまでのプロセスが参考になるかと思います。彼らは最初、心が敵に囲まれている状態です。「学校に行ってもみんな俺をバカにする」「私なんかいないほうがいいと思われている」と考えているわけです。そういう子に「敵じゃないよ。今まで何かされたことある? 理性的に考えようよ」とアドバイスしたところで、こっちまで敵だと認定されるのがオチですよね。自分をバカにしていると思われちゃう。
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source : 文藝春秋 2021年11月号