万太郎の眼差し

長田 育恵 劇作家・脚本家
エンタメ テレビ・ラジオ 歴史

 今、この原稿は『らんまん』最終週の完本脱稿前に書いています。普段私はリビングでひとり書いていて、全力を尽くすものの、自分への疑心暗鬼に苛まれています。ですが、私が脚本に込めて手渡した願いを制作チームが熱に変えてくれる瞬間、この仕事に携われたことを心から幸せに思えるのです。

「朝ドラを書きませんか」

 2021年の夏。思いがけずお声がけいただいてから、およそ2年間、夢中で物語を考え、書き続ける日々を過ごしてきました。元々は劇作家として舞台やミュージカルを手掛けていましたが、コロナ禍をきっかけに上演中止を余儀なくされ、目の前が暗くなっていたときに「映像の脚本を書いてみませんか」と手を差し伸べていただきました。そしてNHKの特集ドラマ『流行感冒』を書いたことを契機に、同じ制作統括が手掛ける朝ドラの脚本を書くことになりました。

 題材を問われた時に、真っ先に浮かんだのが牧野富太郎の笑顔でした。私が牧野の名を知ったのは12年ほど前。劇作家として評伝劇を多く手掛ける中で、舞台美術家が「いつか書くといいよ」と挙げてくれました。その時は、植物学者の舞台は難しいだろうと心の奥に仕舞っていたのですが、この時にふと、なぜだか富太郎の笑顔が浮かんだのです。まさに予期せぬ災いと契機、そしてご縁。自分の力量を超えた大きな巡り会いによって、私は今ここにいるのだと感じ入ります。この題材を書く役目を負ったのだと思いながら、執筆に取り組んできました。

『らんまん』の主人公は、牧野富太郎をモデルとしながらも、本作オリジナルの槙野万太郎という人物です。これがまた、本当に特異な主人公だと思います。旧幕時代の最後から第二次大戦後まで、一途に植物への愛を貫き、日本中の植物の名を明かすという大願に生きた、あまりにまっすぐで稀なる人物です。が、生活費は稼ぎません。この現実離れしたところが、朝ドラの主人公として描くには大変難しい(演じてくださる神木隆之介さんには心からの敬意と感謝を)。けれども、この主人公だからこそ描ける物語があるのです。

神木隆之介が演じる槙野万太郎 ©NHK

 万太郎の最大の特性は「生涯植物を愛すること」。ありのままの姿を見つめ抜き、ふさわしい名を与えていく。それは「どんな存在も肯定する」という精神です。物語全話を通じて、この精神が貫かれていることが本作の大きな特徴で、その眼差しがあるからこそ、万太郎と出会う人たちは大きな変化を遂げていきます。一方で万太郎自身も、物語の終盤となるまで世間的には何者でもありません。ですが、彼との出会いで開花した人々が、翻って彼の可能性を信じ抜いてくれることで大きな勇気を獲得し、途方もない道を踏破していくのです。

 こうして、植物がどんなときも太陽に向かって生長していくように、万太郎と彼に関わる登場人物すべてが明るさの方へ向かい続ける姿を全話に渡って書き続けるという物語の骨格が生まれました。

有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。

記事もオンライン番組もすべて見放題
今だけ年額プラン50%OFF!

キャンペーン終了まで時間

月額プラン

初回登録は初月300円・1ヶ月更新

1,200円/月

初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。

オススメ! 期間限定

年額プラン

10,800円一括払い・1年更新

450円/月

定価10,800円のところ、
2025/1/6㊊正午まで初年度5,400円
1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き

電子版+雑誌プラン

12,000円一括払い・1年更新

1,000円/月

※1年分一括のお支払いとなります
※トートバッグ付き
雑誌プランについて詳しく見る

有料会員になると…

日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事、全オンライン番組が見放題!

  • 最新記事が発売前に読める
  • 毎月10本配信のオンライン番組が視聴可能
  • 編集長による記事解説ニュースレターを配信
  • 過去10年6,000本以上の記事アーカイブが読み放題
  • 電子版オリジナル記事が読める
有料会員についてもっと詳しく見る

source : 文藝春秋 2023年10月号

genre : エンタメ テレビ・ラジオ 歴史