「本命」を推した嶋田首相秘書官、「対抗」で攻めた次官と大臣
今夏、霞が関の話題をさらったのが、7月4日付で発令された経済産業省の事務次官人事である。キャリア官僚にとって、全てに優先すると言っても過言ではない「年次の序列」が覆されたからだ。
次官の座を射止めたのは、それまで「対抗」と目されていた経済産業政策局長の飯田祐二(昭和63年、旧通産省入省)だった。他方、「本命」と見られてきたのは、1年先輩で、資源エネルギー庁長官を3年間務めた保坂伸(62年)である。保坂が退任すれば、よくある「若返り人事」として、すんなり受け止められていたことだろう。ところが保坂は次官級の経産審議官に転じ、飯田の部下となった。こうして霞が関を驚かせる「逆転人事」となったのだ。
実はこの2人、入省年次こそ異なるものの、生年月日が全く同じで、今年、共に還暦を迎えている。20年余り前、飯田は秘書課で保坂の後任として指導を受け、コンビを組んで働いていた時期もある。若き2人は、こんな未来が待ち受けているとは思いもよらなかったに違いない。
背景にあるのは、岸田政権の中枢や経産相経験者らによる様々な思惑である。果たして、この仰天人事は吉と出るのか、凶と出るのか――。
かねてから、本命の保坂を高く評価し、次官候補として強く推していたのは、首相秘書官の嶋田隆(57年)だった。経産事務次官を務めた嶋田は、いまや岸田文雄首相に最も信頼されている側近だ。「嶋田さんの指示は天の声」(財務省幹部)と囁かれ、霞が関で畏怖されている。
嶋田が保坂を気に入ったのは、打てば響く機敏さと、いったん方向性を決めたらとことんやり抜く粘り強さがあるからだ。経産省には珍しく、財政規律を重視する点でも2人は響き合うところがあった。貿易経済協力局長を経験し、経済安全保障で複雑化するグローバルな感覚を養ったことも嶋田に安心感を与えていた。保坂は開成高校の後輩でもある。
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source : 文藝春秋 2023年10月号