著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、大越健介さん(キャスター・ジャーナリスト)です。
あたりが寝静まった午前三頃だったと思う。その時刻に起きて来た父と、これから寝ようという息子が鉢合わせすることがたまにあった。
ふたりは共に「受験生」だった。高校受験を控えた私は、勉強よりラジオの深夜放送に引っ張られていたのだが、父はその時間帯から出勤までの間、資格取得などのために猛勉強をするのである。
新潟県庁の職員だった父は、若い頃から大の勉強好きだったと聞く。だが、父親(私の祖父)が早くに亡くなったため、長男として、幼い弟や妹たちを食べさせる役割を迫られた。机に向かう代わりに、大黒柱として仕事に出る日々だった。
そんな父も結婚して新潟市内に家を構えた。仕事と家庭に専念してもいいはずが、やはり勉強の虫がうずいたのだろう。早朝の静寂は、父にとって大切な学びの時間となった。その分、夜は晩酌を楽しむとすぐに居間でいびきをかき始め、家族に迷惑がられてはいたが。
元気いっぱいで、すぐに調子に乗るところがあった私には、「健介、いい気になるな」と口癖のように言っていた。貧しい時代を堅実に生きてきた人生。高度成長期の申し子のような息子に、ある種の危うさを感じていたのかもしれない。
思い切りのいい人でもあった。念願の税理士資格を取ると、すっぱりと県庁を辞めた。定年までは間があったし、三人の息子はまだ学費がかかる年頃だったにもかかわらず、自宅で小さな税理士事務所を始めた。公務員出身らしく、儲けは度外視の仕事ぶりだったが、一国一城の主としてどこか誇らしげだった。
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