歌人の塚本邦雄(1920〜2005)は寺山修司、岡井隆とともに「前衛短歌の三雄」と称され、生涯旺盛な創作を続けた。穂村弘氏は彼を「戦後最大の歌人」と評する。
塚本邦雄は戦後歌壇の「負数の王」と呼ばれた。逆説やアイロニーを駆使した作風が「負数」たる所以だろうが、その底に社会のマジョリティに対する疑いと異議申し立ての姿勢があった。塚本の小説の登場人物がこんなことを云っている。
君の言つた紹鷗、織部、遠州にしろその道の達人であることだけなら何も魅力は感じない。茶をメディアとして、あるひは楯として時の権力に拮抗したことに、拮抗するだけの絶対的な今一つの世界を築き上げたことに満腔の敬意を表するのさ。
『十二神将変』
例えば、豊臣秀吉が現世の「正数の王」だった時代なら、千利休が「今一つの世界」すなわち異界を支配する「負数の王」に当たるのだろう。武力で秀吉を倒すことはできないし、できたところで権力者が交代するだけで世界の構造そのものは揺らがない。美意識という異界の論理によって、その構造自体を覆した時こそ、真の革命が成就するのだろう。「茶」を「歌」に置き換えれば塚本邦雄の志が見えてくる。
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だが、昭和期以降の日本には武力によるクーデターはあったものの、塚本が夢見た意味での革命の機運が高まることはなく、時代は現世的な欲望のままに戦争に向かって進んでいった。
戦死者ばかり革命の死者一人も無し 七月、艾色(もぐさいろ)の墓群
『日本人霊歌』
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source : 文藝春秋 2024年8月号