言葉そのままに自律した生涯を貫いた戦後を代表する詩人・茨木のり子(1926〜2006)。その詩の根底にあるものは何か、アナウンサーの山根基世氏が探る。
先日、ETV特集「汚名〜沖縄密約事件 ある家族の50年〜」という番組のナレーションを担当した。
昭和47年、沖縄返還のおりに日米で交わされた協定のうらに「密約」があったことを暴いたのは、当時毎日新聞記者だった故・西山太吉氏。だが情報源の外務省女性事務官との男女関係が発覚。国は国家機密を違法に入手したとして西山氏を訴えたが、起訴状にもりこまれた「密かに情を通じ」という文言にマスコミはとびつき、扇情的に伝えるばかり。事件の本質、「密約の存否」を追及する者はほとんどなかった。国の隠蔽していた密約が明らかになったのは30年後、お定まり・米公文書館の公開文書の中から発見された。
20年にわたり西山氏を追い続けていたフリーのディレクター・土江真樹子さんによる番組だ。彼女が、西山氏の妻・啓子(ひろこ)さんから、生前に預かった日記が軸になっている。妻としての葛藤を抱きながらも最後まで夫に寄り添った啓子さんは、密約の存在が判明した後、夫とともに「汚名を雪ぎたい」と立ち上がるが、志半ばで夫婦とも亡くなってしまう。なんという過酷な50年であったことか。胸を締めつけられる思いがした。同時に、私もその片隅に身を置くジャーナリズムは一体何をしていたのかと、不甲斐なさを深く恥じた。
「倚りかからず」
思い出したのが茨木のり子さんの「四海波静(しかいなみしずか)」という詩だった。
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「戦争責任を問われて その人は言った そういう言葉のアヤについて 文学方面はあまり研究していないので お答えできかねます」と始まる詩は、昭和50年、昭和天皇の記者会見での言葉を書きとめたもの。4年後のエッセーに茨木さんは、珍しく感情あらわに書いている。「会見は怒り心頭に発するほど最低だった。(略)しかし、ジャーナリズムの反応も、民衆の反応も、びっくりするぐらい生ぬるいもので(略)私は(略)この天皇の言葉(略)を見逃すことができず、野暮は承知で(略)書かずにはいられなかった」と。詩の最終連にある「四海波静かにて 黙々の薄気味わるい群衆」という詞(ことば)が、とりわけ胸を突く。
これは私たちのことを指しているのだ。昭和47年の沖縄密約事件の本質から目を逸らし、昭和50年の天皇会見にも無反応だったジャーナリズム。私たちは茨木さんの思考の深さや気骨を学ぶべきではないか。
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