ストレッチャーに乗せられたときに蘇ったのは、今はもうない六本木のクラブのお立ち台の上。その日飲んだお酒をフロアに向かって全部吐いて、さらにバランスを崩して自分のゲロの上にダイブして負傷し運ばれた、あのくだらない夜の記憶だった。その記憶の中に意識を遊ばせている間に、執刀医に挨拶され、腰に麻酔の管をつけられ、カーテンの向こうにある下半身の感覚はほどなくしてなくなった。
クラブで倒れていた私を知っている人などこの部屋にはいないのだけど、念のため助産師の話しかけには可能な限り愛想よく答える。検診の度に私は自分に不似合いな、清潔で幸福な産院の空気に弾かれないようにそのようにしてきたのだった。下腹部に腸のマッサージに近い、悪くない圧迫感があって、医者の「足が出た」という言葉の直後に赤ん坊自身の全力の泣き声が聞こえた。逆子が理由の予定帝王切開は滞りなく、生まれるはずのなかった、生まれるわけのなかった娘は、私の意志とも本人の意志とも別の力によって、裂かれた皮膚の隙間からこの世に引っ張り出された。
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source : 文藝春秋 2025年1月号