2020年代はホラーコンテンツが大きな躍進を見せた。雨穴『変な家』は94万部のベストセラーとなり、背筋『近畿地方のある場所について』が20万部超、梨『かわいそ笑』なども大ヒット。映像ではテレビ東京の大森時生プロデューサーの番組も評判を呼び、YouTubeの『フェイクドキュメンタリー「Q」』チャンネル登録者数は28万人だ。これらは全て、ドキュメンタリーを思わせる語り口で虚構と現実の境界を曖昧にさせる「フェイクドキュメンタリー(モキュメンタリー)」形式を応用しており、創作ながら非常にリアルな恐怖感が特徴である。
季節に関係ない、こうした隆盛は確かに「ホラーブーム」と呼べるだろう。ホラーや怪談といえば夏というイメージを持っている人がいるかもしれないが、それは(諸説あるが)歌舞伎などの興行的事情によるものだ。江戸時代、暑い夏には客入りも悪く、花形役者は地方巡業に出てしまう。目玉企画がない夏に苦肉の策として派手な怪談興行が催された。さらに時代が下ると、映画産業もこの興行戦略を継承した。またかつて農村では、長く巣ごもりする冬こそが怪談を語る季節だったはずだが、テレビの普及が家で語る場を消滅させる。メディアと都市化が「怪談=夏」の認識を常識化させた。

とはいえ事実として、日本人は夏に限らず歴史上ずっとホラー文化を享受してきた。中世から近世にかけても、平安時代の『今昔物語集』では武士たちが公務の合間に怪談会をする様子が多く描写され、これは江戸期に流行した武家での百物語にも繋がる。また、庶民にとって仏教関係者による「唱導説話」がホラーと触れる場だった。仏法普及や教訓を説くのが名目だが、不思議で怖い話という娯楽要素にこそ皆が耳を傾けたはずだ。寺の説法のみならず旅僧や行者、熊野比丘尼ら流民たちが恐ろしい因果応報譚や地獄図絵解きなどを各地へ提供していった。
江戸期には宗教色が薄まり、超自然への娯楽的興味が浸透する。庶民向けの仮名草子や草双紙では怪異譚が一大ジャンルをなし、『耳袋』はじめ怪談奇談を集めた随筆集が各地で記される。単に幽霊化物が出るだけではない、不条理や笑いも混じる豊かな怪異文芸が花開いたのだ。こうした素地が、夫に裏切られたお岩の怨霊が復讐をはたす、鶴屋南北の歌舞伎『東海道四谷怪談』や、三遊亭圓朝の落語『怪談牡丹燈籠』『真景累ヶ淵』など洗練を極めた作品へと結実。その構造も仏教的因果から次第に、個人の存在が脅かされる近代的恐怖へと移行していった。
明治後期からは、武士の百物語に代わるかのように、文人や芸術家、学者らの怪談会が活況を呈した。泉鏡花をはじめ芥川龍之介や柳田国男といった人々が熱心に会合し怪談を語り合う。それは単なる余興を超え、昭和初頭まで続く怪異文芸の豊穣期を生むこととなる。
演芸では落語や浪曲にて、化物面などの小道具や照明に工夫をこらした道具入り怪談噺が江戸期より受け継がれる。現在では実話怪談プレイヤーを指す「怪談師」の呼称も当時の演者に対して使われていた。明治後半になるとこうした昔ながらの怪談演芸は都市部では廃れていくが、地方巡業では変わらず人気を博していた。またこの頃には大手メディアとなった新聞が怪談記事を多く扱うようになり、庶民の興味を惹き続けた。文明開化による社会合理化への反発として怪談・ホラーに接することが好まれたのだろう。
オカルトと都市伝説
似た風潮は1970年代のオカルトブームにも言える。高度経済成長とオイルショックの後、現実生活の充実よりも精神性を重視したオカルトが求められる。また79年の口裂け女の大流行により、創作でも実話でもなく巷間に囁かれる奇妙な話=「噂」に注目が集まり、これが90年代の「都市伝説」ブームへと続く。
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