
■企画趣旨
本年3月に開催をした「営業戦略 総整理」では、営業マネジメントと組織のあり方、顧客が求めている、されたい営業と実際の営業アプローチの間にあるギャップなどについて課題を整理し、それを補うデジタルツールの活用、勝ちパターンの言語化など解決策について様々な視点から考察をしました。
参加者の声として、「顧客の情報が足りない」「キーパーソンになかなかつながらない」「顧客の検討フェーズが見えてこない」「営業を希望する人材の採用や定着に課題を感じている」「デジタルツールを導入したもののうまく活用できていない」「成果が出ない中モチベーションの低下による離職が増えている」などが挙げられ、課題を整理した後の対策の方向性についてまだまだ答えを模索していることがうかがえました。
本カンファレンスでは、「営業戦略総整理」の続編として、「営業プロセス改革、モチベーション、人材育成、データ活用の現場で起きている変化への対応と確かな成果」に焦点を当て、課題の特定から解決に向けたアプローチ法を考察した。
■基調講演
営業は「アート」、しかし営業マネジメントは「科学」である
~なぜ?の繰返しが勝ちパターンを磨く、データ活用と組織改革の実践知~

マッキンゼー・アンド・カンパニー・インコーポレーテッド・ジャパン
パートナー
倉本 由香利氏
東京大学理学部卒、同大学物理学修士、マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院経営学修士(MBA)。製造業を中心に、数々の営業改革、営業デジタル改革、売上成長改革、新規顧客開拓、ソリューション営業改革等を支援。マッキンゼーのアジア太平洋地域、および日本における成長・営業・マーケティンググループのリーダー。二児の母で、マッキンゼーにおける女性活躍推進プログラムのリーダーの一人。
◎営業マネジメントは「科学」/「営業戦略」に必要な科学的思考
営業は、柔道や空手、芸術などの「技」「芸」(アート)に似ている。人によって技も違うし、全員が最高の営業になれるわけではない。一方、営業を取りまとめ、業績を上げさせる「営業マネジメント」は、「科学」である。観察し、分析し、売れている本当の要因を探す、それを他の人にも活用して、再現する。その過程はまさに科学そのものである。営業とは人を動かす「アート」であるが、営業マネジメントは「科学」。科学的なアプローチで課題を見つけ、効率的かつ効果的に改革する必要がある。
なぜ、科学的思考が必要か?——時代は常に変化し、以前の成功体験が成り立たず、新しい変革が必要となるからだ。観察し、分析し、真の課題を見つけるため5回のWhyを徹底する。そして、新しく必要なアクションの「仮説」を立て実行していく。この一連の流れは「科学」そのものである。
戦略とは、リソースの「選択と集中」だ。営業戦略とは、限られた営業リソースをどの部分に集中させるかを決めること。科学的に戦略構築が出来る人材を育てる——データを意味のある「情報」に変え、アクションを描き出す。このプロセスを前に進ませる鍵は「仮説思考」である。データの羅列から、傾向やその原因などの「仮説」を立てる。フレームワークとは仮説を出すための「補助線」だ。更に具体的な戦略、すなわちリソース配分を仮説立てて、実行する。顧客開拓にあたっては、どの顧客/チャネル(Who)に集中し、どう時間を使い、攻めていくか・どう売るか(How)を決める“Go To Market(GTM)戦略”は最も主体的に取り組むべき領域だ。

◎「営業生産性」改革に向けて
マッキンゼーでは『日本の営業生産性は、なぜ低いのか』というレポートを無料でWeb配布している。その中でも触れているが、“営業ROI(Return On Investment 粗利÷営業コスト)”を要素に分解して競合とベンチマークすることで、自社営業の生産性の課題を洗い出すことが可能だ。

製造業10業種で比較すると、全業種で日本企業はグローバル競合と比較して営業生産性が劣後している。営業ROIを分解すると、粗利だけではなく、売上に対する営業コストが高いことが多くの業種で課題と分かる。日本企業は一人当たり人件費はグローバル競合よりずっと安い。しかし、人件費以外の諸コストが高いこと、一人当たりが稼ぐ売上が低いため、売上当たりの営業コストがグローバル競合より高くなってしまうのである。
これらの数値を各企業で算出し、ベンチマークすれば、自社の営業生産性の課題がどこにあるのか紐解くことが出来るだろう。このようにファクトを分析し、Whyを5回繰り返して原因を追究し、仮説を立てて真の課題を突き詰める科学的アプローチが、営業生産性の課題を解くためには重要だ。
◎生成AIを「営業生産性」改革に活用するために
生成AIは、法人営業・マーケティングの全プロセスで効率化・効果最大化に寄与する。しかし、現時点で、生成AIに投資したものの、投資に見合う生産性の向上が出来ている企業は少ない。何故か?それは、多くの企業が「何故ウチは生産性が低いのか」の真の課題を突き詰める科学的アプローチを取らず、とりあえずベンダーに薦められたツールを入れるやり方をしているため、自社の本当の課題を解決するようなツールに投資できておらず、社員の負担だけが増えているからである。

AIや各種ITツールの多くは有用だ。しかし、ツールの選択肢が増えており、コストもかさんでいる。今一度、なぜ生産性が低いのか、なぜ上手くいっていないのか、の問いを本当の課題に到達するまで何度もWhyを問い、繰り返し分析して課題に到達することが、必要となっている。
■特別講演(1)
ザ・インテリジェント・セールス
~ 令和の営業はかしこく・スマートがキーワード ~

株式会社セレブリックス セールスカンパニー
執行役員 カンパニーCMO
セレブリックス営業総合研究所
所長 兼 セールスエバンジェリスト
今井 晶也氏
セレブリックス営業総合研究所の所長およびセールスエバンジェリストとして、法人営業・法人購買・営業とAIの実務に関する研究を行う。現在は執行役員 CMOと新規事業開発の責任者を兼任。管掌するプロダクトとして営業コミュニティのYEALE、営業専門の人材紹介のSQiL CareerAgent、日本最大級の営業エンターテイメントJapanSalesCollectionなどがある。Everything DiSC®の認定トレーナーであり、専門は営業、プレゼンテーション、コミュニケーションスタイルと多岐にわたる。2023年9月より一般社団法人生成AI活用普及協会の協議員に就任。
◎生成AIは営業に何をもたらすか
セレブリックス営業総合研究所の調査によると、生成AIの全社導入は11%、一部導入は17%、毎日利用している人はわずか4.5%だ(企業規模が大きい方が生成AIの導入が進んでいる)。今、2つのテーマで生成AIの活用が注目される。一つは生産性向上の必要性、もう一つは優秀な人材の確保、だ。しかしながら「正しく使えるか不安」といった理由で、冒頭の数字のように導入はまだ進んでいない。
結論から言えば、営業と生成AIの相性はすさまじく良い。生成AIがあると営業プロセスはどのように変わるのか?まず、知的でスマートなセールスプロセスを目指すことができる(インテリジェントセールスプロセス)。生成AIは営業のパートナーになれる。的確な指示=プロンプトを与え、やり取り=ラリーをしっかりすれば、分析/準備/相談/整理という営業の各過程を代行してくれる。
準備段階においては、例えば営業対象の会社の調査をChatGPTに依頼すると相手が登場しているメディア情報、URLなどの情報収集や的確な質問事項作成などの時間が圧倒的に短縮できる。AIを相手に、営業ロールプレイング=相談練習を行うことも可能だ。AIに指示して、結論ありきの高圧的な顧客、丁寧に傾聴するが反応の薄い顧客、などを演じ分けてもらうこともできる。「ChatGPT初心者でも使える!営業職向けプロンプトの活用事例10線」も用意したので参考にされたい。
◎生成AI活用で失敗しないために
AIの活用にあたっては、以下の4点に留意されたい。
(1) AIは普通にウソをつく(ハルシネーション)
(2) 倫理観や美意識のない判断が立場を危ぶめる
(3) 著作権等の基本を押さえるのはAIパフォーマーの道徳
(4) AIの回答“だけでは”あなたの営業スキルは向上しない
まず(1)。学習データの偏りや理解の限界やプロンプトの不明確さによって、生成AIが誤った解釈をして出力することを「ハルシネーション」と呼ぶ。AIを盲信せず、AIの情報をベースに最後は自分の目や知識で内容を確認することが大切だ。(2)については、営業側が生成AIの利用を許可していても、顧客企業は許可していないかもしれない、という疑いを持つことが重要だ。
(3)について。入力行為は著作権侵害にならない(条件あり)。出力は、AIに限らず、著作権侵害になるものもあれば、ならないものもある。生成されたものが「これは明らかにコピーだ」「この著作物をベースに作成したでしょう」と認められたら、著作権侵害になる可能性がある。(4)について。生成AIが準備サポートをしてくれたり、知りたい情報の回答を出してくれたからといって、営業スキルが高まったと勘違いしてはいけない。「武器は本人のスペックを超えない」のだ。
全体まとめ、は以下のスライド。AIを活用した知的でスマートなセールスプロセスに変革したい、といった要望があればご相談いただきたい。

■特別講演(2)
営業の本質とは何か-信頼の獲得と思考力
~トップセールスの情報収集力とデータ活用、時間の使い方、顧客との向き合い方~

ウェルディレクション合同会社
代表社員
向井 俊介氏
約20年にわたるIT業界でのB2B営業経験を基盤にもつ。国内大手IT企業から外資系3社まで多様な事業環境で成長を牽引。グローバルNo.1プレイヤーやマネージャーとして400%成長を牽引するなど、常に卓越した成果を創出してきた。 2020年7月にはウェルディレクションを創業し、業種・規模を問わず、組織が自律的に成長し続ける「自走型営業組織」の構築を支援。2023年には社会構想大学院大学で実務教育学の修士号を取得し、営業戦略とマネジメント理論を高度化。現在は事業構想大学院大学の客員教授として知見を体系化し、大手企業の経営層が求める持続的な営業成長を実現するパートナーとして活動している。
私は、買い手の購買活動のアップデートによる日本経済への貢献、を意識して活動している。自走できる営業組織に向けた体質改善=アドバイザリー業務をメインに、私塾「エンタープライズ営業のつくりかた」講座や無料の営業トレーニング“旬トレ”を運営し、スタートアップ投資も手掛けている。
◎営業の再解釈/成果を出す営業活動の土台
営業と販売の違いとは?実務家の視点から整理すると、営業の目的は「顧客の問題解決」、手段は「売ること」だ。販売の目的は「売ること」、手段は「手法・テクニック」である。つまり営業とは、「買い手の問題解決のために、自社製品やサービスの販売が最適であるということが買い手と合意できた場合、手段として販売を行うこと」と言語化できる。あくまでひとつの解釈であるが、会社や組織内でこの認識を合わせておくことは有用だ。
営業活動の土台となるのは(1)顧客理解 (2)自己研鑽、である。顧客は誰か?社内で問いかけてみてほしい。今まで300社を超える営業組織の相談に乗ってきたが、営業成果を上げるのに苦労している企業は100%この解釈が組織内でバラついている=揃っていない。
B2Bの場合で論を進める。顧客は誰かと問われた場合の、「年商○億円以上の製造業」「小売業のEC部門」といった組織体を顧客として捉える答えは、間違いだ。B2Bにおいても、顧客は「人」である。「従業員○名以上の不動産業界の経営企画部長」という答えが正解なのだ。ターゲットは人に設定しなければならない。
組織はただの概念でしかない。問題を捉え、考え、購買を検討し、議論し、意志決定し、時に反対するのはすべて人。人の意志によって購買活動は行われる。よって、誰の、何を、どうしたいのか?に即答できる状態で営業活動を行うことが肝要だ。
B2Bにおいて顧客(繰り返すが企業や組織ではなく、人)は大きく2タイプに分かれる。「買う人」と「使う人」だ。両方が顧客となるが、それぞれの問題や課題は異なる。
使う人が現場担当者(担当する業務を直接遂行する人)およびそのマネージャー(担当業務領域の組織成果を最適化する人)だった場合を考える。こうした人々は担当する業務は指示されることが多く、やるべき業務内容やタスクは明確で、多くの場合減点評価制度の環境下で仕事をしている。“変化・変革”を前面に押し出した、加点評価の人の心に響くプラス系のコミュニケーションは、果たして減点評価制度の人の心に響くのか、考えてほしい。
買う人が意志決定者及びEB(Economic Buyer)の場合。意志決定者とは購買することを決断・判断する人で、EBとは拒否権を持つ存在だ。多くの場合で意志決定者とEBは異なり、EBは意志決定者によって決断されたことを拒否できる存在。よって重要度は意志決定者<EBである。EBとの合意不足は失注につながる。こうしたことも念頭に置いてほしい。本当に顧客が見えているか、常に考えたい。
問題と課題の理解について。言葉の解釈、理解、平仄が合っていないと組織内のコミュニケーションは成立しない。課題と問題は違うものとして解釈するべきだ。
まず、ゴールを達成しなければいけない状態、つまり達成できていない状態を「問題」という。例えば、年内にデジタル人材を10名採用しないといけない/今期の新規会員数が目標に12万人足りていない……。これらはいずれも“状態”であり“問題”である。そのゴール達成に対し、今どんな状況で、何に取り組んでいるのか? 今の状況とゴールの間のギャップ・障壁・ハードルが課題であり、その裏返しがニーズだ。ただし、大抵の顧客は課題が分かっておらず、整理もできていない。なぜならもし課題を特定できていれば解決に向けて動けるから。
買い手によって課題が特定できていない前提で、営業は具体的にどのようにして買い手の課題を特定すればよいのか。
課題は問題を生じさせている原因に紐付く不足や障壁のこと。問題(起きている症状・困りごと)⇒原因(問題を引き起こしているもの)⇒課題(原因に紐付く不足や障壁)⇒解決策(課題を解決する方法・手段)⇒解決というフロー。病気で医師に診てもらう場合を含め、すべての問題解決はこの構造で整理でき、ビジネスも例外ではない。売れている営業パーソンの頭の中には、下記スライドのような構造ができている。

原因の特定がキモだ。営業パーソンは、顧客が抱えている症状=原因を専門的知識として持っている必要がある。受注率が上がらない、という問題の場合、獲得した名刺情報へのアポ獲得攻撃活動/いきなり売り込む姿勢の初回面談/課題の誤認による訴求不足提案活動、といった複数の原因がある。特定し、解決へ導くためには、自分たちのプロダクトに紐付く情報だけ持っていてもダメなのだ。問題解決をするためにどの原因を潰せばいいのか、という議論に営業パーソン主導で進まなければならない。
買い手は、問題を解決したい。しかし何故この問題が生じてしまうのか、原因がわからずに困っている。解決策の話に至る前に、課題発見と整理を行うことが営業活動に求められている。
売り手の製品は解決策の一つに過ぎない。製品の特徴を述べる前に、どの原因に紐付く課題を解決するものなのかを示すこと。そして他にどの課題を解決しないといけないのかも示すことだ。いかに売るかではなく、いかに問題解決をするか、に思考を向けてほしい。
2024年11月12日(火) 会場対面・オンラインLIVE配信でのハイブリッド開催
source : 文藝春秋 メディア事業局

