【イベントレポート】労働組合のあるべき姿 第2章 労働組合の存在価値 “理解・共感・参加”を高めるコミュニケーション・デザイン、DXへの期待と課題

■企画趣旨

DXの急速な進歩により、仕事の場所や時間に柔軟性が生まれ、労働者の意識は多様化しています。また、ビジネスのグローバル化、職場環境や産業構造の変化は、労働組合を取り巻く環境や存在意義に大きな影響をもたらしています。いわゆるVUCA<不確実性(Volatility)、不安定性(Uncertainty)、複雑性(Complexity)、曖昧性(Ambiguity)>の時代に、労働者が安心して働くことができ生活していくために、労働組合に期待される役割はとても大きくなっています。

しかしながら、労働組合の交渉力の低下、労働組合組織率、単組や職場における労働組合への求心力、労働組合の団体としての社会的役割、発言力、影響力において課題があり、関心を持たない、参加しない労働者も増えてきており、労働組合の存在意義をあらためて考え、理解と共感を促していくことが求められています。

本カンファレンスでは、「労働組合のあるべき姿」について「労働組合の“理解・共感・参加”を高めるコミュニケーション・デザイン、DXへの期待と課題」をテーマに、労働組合の存在意義、労働組合が抱える課題を見つめなおし、より意義あるものにしていくためのデジタル活用などの事例を考察した。

■基調講演

労働組合の存在価値
~労働組合の未来を創る、コミュニケーション・デザインの新標準~

法政大学 キャリアデザイン学部
教授
梅崎 修氏

専攻は労働経済学、人的資源管理論、労働史。大阪大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。日本キャリアデザイン学会副会長、日本労務学会副会長。20年以上、数々の人材マネジメントとキャリア形成の調査・研究を行う。主な著作としては、単著『日本のキャリア形成と労使関係』(第45回労働関係図書優秀賞、慶應義塾大学出版会、2021年)、『仕事マンガ!─52作品から学ぶキャリアデザイン』(ナカニシヤ出版、2011年)、共著『「仕事映画」に学ぶキャリアデザイン』(有斐閣、2020年)などがある。また、連載対談として「人事のアカデミア」(Works)がある。

 労働組合の優位性について。賃金は企業の評価・処遇制度に基づいて決まるが、どのような制度を設計するかは労使の協議・交渉が鍵を握る。働き方についても様々な人事制度が絡んでおり、一つ一つ協議・交渉が必要だ。人事制度の複雑さを理解して設計に関与するには、一人では限界がある。労働組合という集団の中で制度に詳しいリーダーを育成したり、交渉のための体制をつくれるかどうかが重要になってくる。

労働者が、契約時に対価が発生する労働サービスの詳細をすべて雇用者と約束することはできない。また、柔軟な対応が求められる高度な非定常の仕事では業務目標を事前に決めることが難しい。これらを雇用契約の不完備性と呼ぶ。だからこそ、事後的な労使交渉・協議が欠かせない。なお、多くの実証研究では、発言の力は労働条件、生産性、定着などに効果があることが確認されている。

資本主義の発展とともに労働組合は変化してきた。職種別⇒産業別を経て、日本では特に企業別労働組合が発達した。これに加えて、日本独自の労使協議制があり、労使交渉・団体交渉以前に労・労対立の調整や問題探索型の労使協議が行われたりする効用があった。ただし、労働組合は、「人事」と比べてより多くの、より深い不満・要望・意見を集めることができるのか?という課題も存在する。不満・要望・意見が労働組合に集まるから労働組合は、人事とは異なる役割を果たせるのだ。また、昨今の組織行動論の研究では、不満などを(労働組合経由で)発言する、退出・退職する以外に「沈黙」という選択をする人が増えていることも大きな問題だ。

◎企業別労働組合からノンユニオンなのか?「事実」の確認

連合総合生活開発研究所の『労働組合の「未来」を創る』という報告書に書いたことだが、2003年と22年のアンケート調査を比較すると、勤務先の組合の有無を訊ねる質問で「労働組合があるかどうかわからない」という回答が9.7%から21.8%に増えている。また、組合の影響力がない・小さい、期待が少ない、わからない、という主旨の回答も増えている。ちなみに「加入することには問題はない」という意識は見て取れる。

無知ではなく無関心。批判ではなく無力感が看取される。無知ならば啓蒙(教育)、批判ならば議論という手があるが、無関心と無力感に教育と議論だけで対処するのは難しい。

長年見ていると、ユニオンリーダーは高い対面コミュニケーション力を持っている人が多い。なのに組合の認知度や加入率が落ちている。これからは「コミュニケーション・デザイン力」が重要と考える。

いわゆる“動員”や組合員のお客様化、組合催事のスナック(閉鎖的な飲み会)化は好ましくない。スナックから「路上」へ。賑わいがある商店街のような組合(の場)がベスト。まちづくりの実践で注目されている、自発性を促す「補助線のデザイン」、適度な(不完全な)設計、思わず動いてしまう能動性、が有効だ。みんなで作る飲み会や昔ながらのレクリエーション大会などで、本気で物事に取り組んでいるときのワクワクドキドキする心の状態=プレイフル・シンキングを作るといい。例えば組合事務所の入り口は出っ張らせて出会いの場にするのだ。

学問的に言うと、開示開放性と参加開放性の両立という言い方になる。本音を話せるという心理的安全性、だれでも参加できる集団の開放性の双方を組合は備えたい。これは現代社会における最も難しいコミュニケーション・デザイン=コミュニティ・デザイン、である。

コロナ禍もあり、時間/空間/雇用区分/企業間など、労働者間の距離が広がっている。同じ会社、同じ時間に、同じ場所、同じ雇用区分で働く人々によるかつての労働組合運動に比べると、日常的なコミュニケーションが生まれにくく、連帯の条件は高くなり、労働運動の停滞を生んでいる。しかし目指すべきは、連帯が強く(一体感があり)、拘束性が低い(弱い動員)組合だ。なお、これは組合だけではなく日本社会全体の課題と言ってもいい。

そもそも、組合員⇒青年婦人部役員⇒組合執行部というキャリアパスがあった。レク活動やボランティア活動を企画・運営することによって「労働組合活動」にハマる(組合文化を通じた労働組合への組織社会化)……。これを経ていれば、労使交渉というしんどい活動にも能動的に参加できるかもしれない。しかし、いまこのような組合文化が薄れ、リーダーの人材開発が停滞しているのではないか。

コミュニケーション・デザイナーとしてのユニオンリーダー像を以下のスライドにまとめた。本来、ユニオンリーダーは、職場で頼られる人たち、コミュニケーションが得意な人たちである。そんな優れた資質を持ったリーダーたちが、そのノウハウをバージョンアップしてほしい。参考にされたい。

■スペシャルトークセッション

野村證券従業員組合の目指す姿
~アプリを起点としたコミュニケーションシフト~

野村證券従業員組合
執行委員長
岩田 祐朋氏

2016年新卒として野村證券株式会社に入社。首都圏支店配属となり、中小企業や富裕層を中心に、総合金融サービスを提供。在任期間の実績、複数回の社長表彰受賞等が評価され、2019年よりトレーニーとしてサンフランシスコに派遣。帰国後は、アジアに展開する日本のベンチャー企業にて、エンタープライズの営業戦略を策定。2020年からは、カバレッジサイドで投資銀行業務に従事し、2022年より従業員組合の専従者として従事、2024年より現職。

株式会社ヤプリ
取締役執行役員COO
山本 崇博氏

2019年ヤプリ入社。現在、取締役執行役員兼セールス・マーケ統括本部を管掌。これまで、外資系広告代理店、ゲーム会社を経て、前職のアイ・エム・ジェイでは、執行役員として、マーケティングコンサルティング部門を牽引。製造、通信、放送、流通、教育、金融など多業種にわたるクライアントを支援。

ノーコードのアプリ開発プラッドフォームが「yappli(ヤプリ)」。自社アプリで企業のさまざまなビジネス課題を解決し、モバイルDXを加速させる。昨今はto C向けのみならず、さまざまな領域の「エンゲージメント」強化支援にも利用されている。従業員と、顧客と、取引先と……一番身近なモバイルを活用した関係構築が、ビジネスを強くする。

従業員エンゲージメント向上=労働組合の存在価値の向上、組織とのつながり強化に適した「Yappli UNITE」を利用する企業も続々と増加中だ。アプリひとつで、従業員のやりがい向上から組織のつながり強化までオールインワンで実現。誰でも簡単に、素早くアクセスできるから組織内の情報格差を解消する。自社アプリだから組織(組合)のカラーを大切にできる。

本講演は、ヤプリの山本氏と野村證券の岩田氏がディスカッションする形で進行。以下は岩田氏の発言の抄録。

◎野村證券従業員組合の具体的な取組み/アプリ導入背景とアプリの活用方法

「野村證券従業員組合の理念は『組合員の真の幸福と会社の発展は一体のものである』。私は今期の執行委員長として“多様な人材の成長をあと押しする”というミッションのもと、ビジネス、経済、キャリア、組織、広報などの課題に取り組んでいる」

「まずキャリア関連の取組について紹介する。『壮年期セミナー』は、講演などで40-65歳の組合員に、リスキリングやセカンドキャリアなどについて考えていただく機会を提供している。組合専従者8人で制作した『Career in NOMURA』は、各部署・領域の業務内容や構成情報、人材要件等について図やグラフを活用して視覚的にわかりやすく掲載した冊子だ」

「経営との話し合いを紹介する資料や、福利厚生をまとめた冊子『Life in NOMURA』、組合の機関誌『The NOMURA』、著名人とのインタビュー記事(広報発刊物)も組合専従者で制作しており、ホームページ(ウエブ)やアプリから閲覧できるようにしている。会社の研修資料に採用された発刊物もある」

「組合の情報発信には、かねてから課題感を持っていた。発刊物を含む各種情報へのアクセスの簡略化等を目的に、2023年末よりアプリを導入した。組合独自の福利厚生制度導入と掲載により、平日だけではなく休日も一定程度のアクセスがあるプラットフォームとなっている。トップ、福利厚生、コンテンツ、申請関連(共済など)、その他(目安箱など)といった画面を用意している」

「アプリを自発的にインストールしてもらうこと、アプリのさらなる普及および組合員への還元を目的として、従業員組合独自の福利厚生制度を導入し広報もしている。著名施設やテーマパーク利用は、あえてアプリからしか申し込めないようにしている。抽選利用の福利厚生もあり、今後はヤプリから紹介いただいているクイズやスタンプラリーなどの機能・コンテンツも導入して、アプリの利用促進を図っていきたい」

「将来展望としては、労働組合のイメージを変えていきたい。活動が面白いから野村證券に興味を持ち、応募してみる、といった、採用面で組合側のほうが目立つくらいの面白い試みをやっていきたい。他の組合とも積極的に情報交換し、労働組合自体のアップデート、存在価値の引き上げを行っていければと考える」

■特別講演

労働組合の現状と課題
~労働組合はもはや不要なのか~

立教大学経済学部
教授
首藤 若菜氏

1973年東京都生まれ。日本女子大大学院人間生活学研究科博士課程単位取得退学。博士(学術)。山形大人文学部助教授、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス労使関係学部客員研究員、日本女子大家政学部准教授などを経て、現在は立教大経済学部教授。専攻は労使関係論、女性労働論。主な著書は『統合される男女の職場』(勁草書房・2003年、社会政策学会奨励賞、沖永賞受賞)、『グローバル化のなかの労使関係——自動車産業の国際的再編への戦略』(ミネルヴァ書房・17年、労働関係図書優秀賞、社会政策学会奨励賞受賞)、『物流危機は終わらない——暮らしを支える労働のゆくえ』(岩波新書、18年)、『雇用か賃金か 日本の選択』(筑摩選書、2022年)など。

◎労働組合の役割とは/現状と課題

もしも職場で困ったことがあったら、我慢/離職・離脱発言し問題を解決、という異なる対応が考えられるだろう。労働組合はこのうち発言し、話し合い、問題を解決する役割を持っている。

政治経済学者のアルバート・ハーシュマンは、離脱=商品の購入をやめる、組織から抜けることは市場メカニズムであり、競争と選択を促進するとした。そして、発言=色々な手段を使って声を上げることは民主主義メカニズムであり、参加と討議をすることで物事の本質的な改善をもたらす、とも提唱した。その一端を担うのが労働組合なのだ。

「離脱」だけでは職場や労働者の労働条件は改善されない。「発言」行為は、労働者の定着や生産性向上にもつながり、使用者や組織にとってもメリットが大きい

そもそも、一般商品の売買契約と、労働力商品の契約は本質的に異なる。労働契約は「人間」そのものを取引対象とする。労働に内在する人間性(肉体や精神)が侵害される可能性がある。労働者の無資力性や非貯蔵性により買い叩かれやすい構造があり、他者から指揮命令を受けて働くため労働者個人の自由(自らの判断で行動する自由)が奪われている。

よって、ワークルールは労使双方で話し合い、共同で決めることが望ましいとされている。その意味で労働組合は極めて重要な役割、存在意義を持つ。職場での労働条件、安全、働き方を使用者が一方的に決めるのではなく、労働者側も「発言」し、要求を出し、協議を重ね、決定していく。これらの決定に関わるために、労働組合に加入し組合費を支払うのだ。これが「産業民主主義」である。

賃金を上げ、雇用を守るのは誰か?組合員は、組合費を支払い、組合リーダーのサービスを購入しているわけではない。組合は参加することに意味があり、それなくして民主的な職場は作れない

しかし、今、産業民主主義はどこまで機能しているだろうか。労働条件の決定において、労使間で何も相違がない(例・春闘の賃上げ)。より大幅な賃上げを求めてストライキをする、といった労働組合に多くの支持が集まっているわけでもない。

日本は特定企業の主に正社員で結成された「企業別組合」の割合が高く、組合員の雇用と労働条件はその企業の存続と繁栄に依存する。よって「企業別エゴイズム」に陥りやすく、組合と経営との癒着関係が生まれやすい。

労働組合が本来の役割を果たすためには、「健全」さの担保=労働組合が経営側と異なる視点を持ちうるか、が大切。組合員の声に丁寧に耳を傾け、職場における問題を早期に発見したい。企業の成長や発展を目指すとしても、経営側とは異なる道筋もあるはずだ。特により長期の視点、マクロな視点が重要。なぜなら、ミクロな企業内の視点では、労使の考え方の相違は見出しにくいからだ。

◎労働組合は、もはや不要なのか?

日本のみならず、多くの先進国で労働組合の衰退が指摘されてきた。その理由としては、グローバル競争の激化/規制緩和、新自由主義的な経済政策による組合活動の制約/団体交渉の分権化、経営者団体の弱化/産業構造の変化/労働力の多様化/雇われずに働く者の増加、などが挙げられている。組合の組織率も世界中で低下の一途だ。

日本で労働組合員数や組織率が減少した理由としては、既存組合の組合員数の減少や、未組織企業の組織化の弱まり、オープンショップ労組での組合員数の減少が挙げられる。しかし昨今は組合員数は下げ止まっている

下げ止まった理由は、(1)既存組合での組合員数の減少が小さくなった(景気が回復し人員削減が減った、入職前に組合を知ってもらい入職後すぐに活動に参加してもらう新たな取り組みが奏功)がある。 (2)非正規労働者の組織化、組合員の範囲の見直し(パートタイム労働者、有期契約労働者などの組織化が進む)、も理由である。当初は後者には正社員から摩擦や反発もあったが、実際には連帯感が強まり、プラスの影響がある例が多い。

(3)未組織企業の組織化も組合員数の下げ止まりに寄与した。例えば連合は、オルガナイザーを全国に配置し、組織化強化を図っている。ただし、オルガナイザーの力だけでは組織率の向上は難しい。全てのユニオンリーダーが自らの職場で未組織労働者の組織化に取り組み、組織再編時の組織化、関連企業での組織化を進めていくことが重要だ。

先進諸外国において公的セクターは労働組合の新しい牙城となっている。英米は特に教育部門の組織率が高い。しかし日本では、ユニオンショップ協定の普及により民間部門で組織率が下げ止まっている一方、公的部門での下落幅が大きい。

労働組合は社会の公器である。労働運動を伴わない組合活動になっていないだろうか?「職場を良くしたい」「ここをこういう風に改善したい」「こういう社会を作りたい」といった思いはあるか?低賃金、差別、格差、不安定な雇用に対する怒りがあるか?——こうした問題意識を持ち、職場、産業、社会で「発言」していくことの意義は、変わらず大きい

2024年11月27日(水) 会場対面・オンラインLIVE配信でのハイブリッド開催

source : 文藝春秋 メディア事業局