
デジタル技術の進化や消費者の価値観の変化を受けマーケティング戦略は目まぐるしく変わってきています。
シリーズカンファレンス「真実の瞬間」では、これまで「顧客解像度向上計画」「コト・トキ・エモ消費の向こう側」「ジャーニー型とパルス型の比較」「イマ-シブマーケティング」「リテールテインメント」等その時々の最新トレンドを実践事例なども踏まえながら探索してきました。
14回目の開催を迎える本企画では、「2025年のリテールマーケティングトレンド&戦略」大展望と題し、
1. 生成AI×マーケティング
2. リテールメディア
3. インバウンドマーケティングのゆくえ
4. 映えから共有へ:Z世代のインサイト
5. リアルな店舗体験への回帰
6. ファンマーケティングとファンコミュニティ
7. UGC(ユーザー生成コンテンツ)
8. CRMとリピーター促進
9. 従業員エンゲージメント
10. プライシング戦略(脱セール・脱割引)
など、トレンドを把握し、それら組み合わせることで起こるマーケティングの化学反応について、多様な視点から考察した。
■基調講演
2025年のマーケティング戦略
~君は戦略を立てることができるか?~

株式会社クー・マーケティング・カンパニー
代表取締役
音部 大輔氏
17年間の日米P&Gを経て、欧州系消費財メーカーや資生堂などで、マーケティング担当副社長やCMOとしてマーケティング組織強化を通したブランド成長を実現。2018年より独立し、現職。消費財をはじめ、輸送機器、家電、化粧品、広告会社、放送局、電力、ネットサービス、BtoBなど国内外の多様なクライアントに、マーケティング組織強化やブランド戦略を支援。博士(経営学 神戸大学)。
◎戦略を構成する2つの要素
なぜ戦略が必要なのか?この“Thought starter Question”で私が得た結論は「目的を達成したい」「資源が有限だ」の2つである。達成すべき目的があり、資源が有限だから戦略が必要。戦略は目的達成のための資源利用の指針なのだ。
競合は、社会変化は、取引先の意向は、消費者のトレンドは……?3C/SWOT/ファイブフォース/PESTは……。もちろん大事だが、原則は単純明快を旨とすべき。“混ぜるな危険”である。限られた思考能力は「目的」と「資源」に集中させて深い気づきを得たい。先述の競合や3Cなどの諸要素、そして新しい組織/上司/商品/販路などは、直接戦略に反映させるのではなく、自分たちの目的と資源への影響を通して、戦略に取り込むべきだ。
◎戦略のつくり方
戦略策定のプロセスは、(1)目的を明示する (2)目的を再解釈する (3)投下可能な資源を把握する (4)資源優勢を得られる選択肢を採用する (5)文章化する (6)展開する、である。
まず(1)目的を明示するには、目的がちゃんと書かれているかどうかをチェックしなければならない。「成功」の状態を明確に定義づけているか/同じ理解になるか/SMACか(Specific: 具体的 Measurable: 測定可能 Achievable: 論理的に実現可能 Consistent: 一貫性がある)、を確認したい。あらゆるビジネス文章も同様であり、詩歌俳諧のような「ポエム禁止」である。
例えば化粧品サンプリングの目的。「ひとりでも多くのお客様に出会うことです」は、目的ではない。トライアルか、リピートか、使用量アップか?明確にしたい。活動の記述≠目的ではない。
想像力を働かせ、違いに焦点をおく。「ある場合とない場合」の違いを意識する。目的=差の最大化であり、そのブランドがある場合とない場合、そのプロジェクトがある場合とない場合、そのサンプリングがある場合とない場合、ひいてはそのメールがある場合とない場合……を考えるのである。先述の「戦略策定のプロセス」を実行するのだ。
その際に、戦略策定の(2)目的の再解釈は有用である。例えば20億円の売上拡大という目的。これは、29億円×70% ¥/人×購入回数(年平均)×新規人数 ¥1000×4回×新規72.5万人、と解釈できる。22億円×90%……という前提で同様に解釈し直してもいい。¥(円)を、人・軒・回・グラム・リットル・キロメートル・時間などに変換する。目的の再解釈それぞれが「戦略」の選択肢なのだ。
戦略策定の(3)の資源について。内的資源には人、製品、予算、時間、知識・経験、ブランド力、広告・施策などがある。外的資源は代理店、メディア、取引先、コラボレーション相手、影響力のあるプロ、ロイヤルユーザーやファン、競合の活動などだ。資源を活用するには視点を広げるのが有用。視点を広げるにはBorrowing/Copying——上司など他人の考え方の転用、アルゴリズムやモノの見方のコピーを作るといい。
先述の目的の再解釈=勝てる戦略のつくり方について。まずは、それぞれの目的解釈について投入可能な資源をリストアップし、両者を比較することだ。総資源>目的、であれば必然的に勝てる。安定して勝つために、ジャイアントキリングをするために、資源優勢を探せ。
戦略策定の(5)文章化するについて。いつまでに/収益目標を達成するために/再解釈した目的を実現するべく(トライアル?リピート?)/活用すべき優勢な資源に集中・注力する(広告費、ファン、店頭体験etc.)、といったことを文章化してほしい。例えば、「今会計年度末までに、売上10億円を達成するために、新規顧客数を1万人増加するべく、ターゲット3万人のブランド体験提供に集中する」といった具合に。こう明確に文章化すれば、リーチや試用の数を追求する必要はない。
最後に(6)展開する。絵に描いた餅にしないこと。自分ゴト化し、現場の意志決定を可能にすることだ。

◎トレーニングの方法
思考は身体能力のひとつ≒習得には日々のトレーニングが必須だ。常に「目的」と「資源」から世の中を眺めてみる。例えばプライベートでビジネス誌やビジネス書、歴史書を読むとき、ビジネスでビジネルレビューや競合分析をするとき、に、目的と資源を意識し分析する。
本日は要点をかいつまんでお話ししたが、ご興味をもっていただけたなら、ぜひ近著『君は戦略を立てることができるか』を参考にしていただければ幸いだ。4時間で、戦略の概要とつくり方を理解できるよう工夫した。
■ゲストセッション
ACTUSに学ぶ、2025年アプリ活用トレンド
~顧客とショップを繋ぎ、「丁寧な暮らし」を届けるマーケティング施策とは~

株式会社アクタス
EC事業部 部長
小島 恭輔氏
アパレルセレクトショップでECの立ち上げからオペレーション全般に携わり、売上を拡大していくことを経験。その後、ECフルフィルメントサービス会社での事業者のEC運営支援の経験などを経て、2019年アクタス入社。EC事業の拡大とOMOプロジェクトのサービス開発や推進などを担当。

株式会社ヤプリ
取締役執行役員CCO
金子 洋平氏
大学卒業後、GMOインターネットでマーケティング、営業、新規事業立ち上げを経験。24歳で「ファッション×インターネット」をテーマに起業、ファッションメディア、ファッションECを11年運営。2016年よりアプリプラットフォーム「Yappli」の(株)ヤプリに参画。
アクタスは1969年にヨーロッパ家具の輸入販売からスタート。現在は売上の65%が家具インテリア。近年は家具・インテリアのみならず、広く「衣食住」を通じてライフスタイルを提案している。以下は、電子商取引を担当するアクタスEC事業部の責任者である小島氏に、ヤプリの金子氏が問いを発するトークセッションの抄録(回答は小島氏)。
「家具の販売がメイン事業なのでショウルーム運営、リアル店舗での販売も重視している。ECサイト“ACTUS online”は、ショウルームと同様、アクタスというブランドを体現するチャネル・メディアという位置付け。リアルとEC、それぞれの特性を生かした戦略を構築していきたい。EC事業部は11人で運営。ECの売上はコロナ禍前に比べ6~7倍に急拡大している。」
「店舗もECも同じ顧客を見ているので、社内のマーケティング部門とは密接に連携している。2020年に始まったOMO(Online Merges with Offline)プロジェクトは、オンラインとオフラインの行き来をストレスなく行えるシームレスな状態をあるべき姿とし、顧客に長く寄り添ったサービスを提供し続け、LTV(Life Time Value)を最大化させることを目的としている。一貫して顧客視点に立ったサービス設計を意識している」
「OMOプロジェクトは社内各部署のキーマンを構成メンバーにして、コンペから要件定義/設計/開発/テストを経て、22年11月に第1次フェーズ開発が完了(CRM統合/ECリプレイス)、運用開始している。店舗とECを使うクロスチャネルユーザーからの受注額が、ECリプレイス前に比べ約180%、受注件数は約145%になっている。店舗とEC両方を使うユーザーのLTVが平均で2.5倍高い、といったことも分かってきている」
「インテリアは引っ越しなどで“熱”が上がる時期があり、全体のコーディネートを意識したり、見映えや座り心地を店舗で実際に確認したい顧客は少なくない。ECで買える家具の実店舗在庫=どこの店舗にあるか、や、寸法などのスペックが分かる店舗在庫表示機能を持つ店舗在庫システムはよく利用されている。電話での“これはどこで見られますか?”という問い合わせはかなり減った。システムの改修については、売上の推移を見つつ段階的に行いたい」
「アプリは、アクタスのある暮らしをいつでも見ることができる貴重なチャネルだ。顧客の熱量を下げないように、住空間を豊かにしたいユーザーの接触頻度を上げるために、楽しめるコンテンツ、気になったときに見られるコンテンツ、よく見られている投稿型のコンテンツをさらに充実させ、更新頻度も上げていきたい」
「ECはあと5年で売上を数倍にする計画があり、そのための再解釈や分析を行っている。OMOでは顧客の店舗体験を増やすことが鍵。EC決済して店舗に立ち寄る・受け取る、といった、店舗を体感できる顧客視点に立ったサービスを充実させたい。店舗は世界観を伝え認知を取る重要な接点。またECも伸び代はまだまだあり、ECでもアクタスのブランドを体現し世界観を伝えられるようにさらに進化させていきたい」
■特別講演
なぜ、Onを履くと心にポッと火が灯るのか?
~2025年のマーケティングトレンドを「ブランド愛の醸成」からアプローチ~

Yellow Monkey Brewing株式会社
代表
駒田 博紀氏
1977年、東京都大田区生まれ。小児喘息に苦しみ、スポーツと無縁の少年時代を送る。中学校に入り、空手を学び始める。法政大学法学部卒業後、司法浪人を経て、スイス系商社DKSHジャパン株式会社でセールスとマーケティングを経験。2013年1月、スイスのスポーツブランド「On (オン)」の日本上陸プロジェクトに携わったことで、最も嫌いなスポーツであったランニングを始める。2015年5月、Onの日本法人「オン・ジャパン株式会社」を立ち上げ、Sales & Marketing Directorとして参画。2020年3月より同社代表。2024年2月、同社退職。2024年5月、横浜市都筑区にYellow Monkey Brewing醸造所兼タップルームをオープン。現在はランニングやトライアスロンをライフスタイルとして楽しみ、走った後のビールをこよなく愛している。空手は準師範の腕前。著書に「なぜ、Onを履くと心にポッと火が灯るのか」(幻冬舎)。雑誌ビギン (世界文化社) で「アクティブ超人コマダ 大人の仮入部」を連載中。あだ名は「ハマのダンディズム」。
2013-23年はスイスのスポーツブランド「On」と共にあった10年間だった。ソール部分に孔のあいた「クラウドテック・システム」という世界特許取得の衝撃吸収構造を持つシューズの日本導入を、当時勤めていた商社が13年に開始することになり、その責任者となった。「日本のランニングシューズのトップブランドにすること(トップ4に入れること)」が“目的”という命を受けて。
世界に名だたるナイキ、アシックス、アディダス、ニューバランスがシェア約9割を占め、プーマやブルックスという錚々たるブランドも存在するランニングシューズ市場。そこに参入しトップ4に入る……。その実現のために、私が控えめに見積もった“資源”は1億5000万円×3年であったが、会社から与えられた資源は年間400万円であった。
なけなしのマーケティング費用からまず100万円を拠出し「東京マラソンEXPO 2013」の3×3mのブースに出展した。が、3日間で売れたのは16足のみ。Facebookでブースを訪れた20人と友達になれたので、その人たちにSNSで個人的なストーリーを発信し始めた。ファンマーケティング、コミュニティマーケティングのはしりである。
14年からは自分で身体を張って、そのコミュニティの内・中から発信を始めた。トライアスロン大会に出場することを目指しOnのシューズを履いてトレーニングを開始、その様子をひたすら投稿し続けた。初めて大会を完走フィニッシュした際は「駒ちゃん」と呼んでもらえた。それまでさん付けだったのが、お客様のような友達のような不思議な関係に急に切り替わった。これがコミュニティの中に飛び込んで同じ趣味やスポーツを楽しみつつ自然な形で商品を浸透させ、売る、コミュニティマーケティングの奥義なのでは、と思い至った。
トライアスリートというコミュニティの中に入り込み、練習などの日々の様子を伝えることで自然にOnの宣伝をしていた。資源が限られているため、垂直にマーケティング・メッセージをたたきつけるのではなく、水平に自然な形で広めていた。「駒田さんという本気でトライアスロンをやろうとしている走れない人が一生懸命やっている仕事がOn」と。顧客の態度が変わっていった。「そんなに言うなら一度イベントに行って話を聞いてやろう、Onを履いてみよう」と。
しかしそんな頃に、勤めていた商社はOnの販売からの撤退を決めた。自らの思い入れや愛着とコミュニティに支えられ、熱いプレゼンを経てスイス本社の承諾も得られ、15年にOnジャパンを設立、代表に就任した。16~20年はトップブランドにするという目的と戦略を変えず、コミュニティマーケティングでやってきたこと=人と人を繋ぎ、笑顔を広めることを続けた。社員たちは身体を張って顧客と一緒に走り、大会に出てハイタッチし、時にハグをして乾杯した。
「Onというブランドを日本に広め、このブランドがもし自分がいなくなっても日本に残ること」が会社設立当初からの目的だった。しかし、次第に私は「目的は笑顔なのでないか。Onは笑顔を広めるためのツール、手段なのではないか」と思うようになった。人と人を繋げて笑顔を広める、これが自分のキーワードになり、胸中に刻み込まれた。
Onは日本市場に浸透していき、中国、オーストラリア、ブラジルに現地法人ができ、21年にはニューヨーク証券取引所に「On Holding AG」が上場した。得た資本で22年に東京・原宿に旗艦店舗「On Tokyo」をオープン。この段階で「自分がいなくともOnはもう大丈夫」と思い至り、マーケティング、セールス、リテールなどの権限委譲を進めた。
最後に自分の仕事として残ったのはコミュニティ運営。この人達と最後になにかやろう、と直感したのが22年の秋。そしてOnの日本上陸10周年である23年に「人と人を繋げる。笑顔を広める。Onがみんなに会いに行く。東京から福岡まで、1700kmの感謝の旅。Meet On Friends Tour 2023」を敢行した。
走りきって福岡でフィニッシュし、参加者や協力者達が抱き合って喜び、再会を約束し合っている姿を見て、「このコミュニティにもう自分はいなくて大丈夫」と思った。コミュニティマーケティングの奥義は、自走式のコミュニティを作ること。フィニッシュ地点での景色を見届けて、Onでの仕事は全て終わったと実感した。仲間の一人から心のこもった手紙もいただいた。
23年2月には、実勢価格1万2000円以上の価格帯においてOnは日本のトップシェアを取ることができた(矢野経済研究所調べ)。これを可能にしたのは、「コミュニティと共に。『たった一人』に向き合い続ける」こと。人を属性で分けず、一人一人と向き合って走って会話してビールで乾杯する。これを繰返し繰返しやってきたことが、日本でOnが成り立ってきた一番の理由だと考える。
24年2月28日に「~人と人をつなげ、笑顔を広める。いつしか明確になった私の人生のミッションは、Onに本気で取り組んだからこそ気づくことのできたものでした(中略)Dream On」と、インスタグラムに投稿してOnジャパンを退職した。10年間の旅の終わりである。
次の旅の始まりは24年3月1日から。

ビールとスポーツを通じて人と人を繋ぎ、笑顔を広める。これが私たちの存在意義だ。Onでやってきたこととクラフトビールでやることは同じ。手段はOnからクラフトビールに変わっても目的は同じ。目の前の「たった一人」を笑顔に。それを何百回も、何千回も繰り返す。
2025年1月15日(水) 会場対面・オンラインLIVE配信でのハイブリッド開催
source : 文藝春秋 メディア事業局

