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観客の代わりに映し出されるのは……

 この場面で映し出されるのは、フレディに近しい人間たちです。具体的には、まずクイーンのメンバーであるブライアン・メイ(グウィリム・リー)、ロジャー・テイラー(ベン・ハーディ)、ジョン・ディーコン(ジョー・マッゼロ)が挙げられます。それから、フレディの元恋人のメアリー・オースティン(ルーシー・ボイントン)と新恋人のジム・ハットン(アーロン・マカスカー)、そしてフレディの両親と妹です。 

 フレディと彼らの関係性は、劇中で展開されるさまざまなエピソードを通して描き出されています。この場面では、まずそうしたエピソードを共有できる特定の人物たちに焦点を合わせ、映画の物語とラストの長いライヴ・シーンとを橋渡しさせているわけです。 

 ステージ脇でフレディのパフォーマンスを見守るメアリーやジム・ハットンは、当然のことながらじっさいに行われたライヴ・エイドの記録映像には存在しません。それに対して、映画で映し出される二人の顔は、それ自体が物語の一部としてこの場面に有機的に組み込まれているのです。 

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 フレディとこの二人がどのような物語を織り上げてきたかは、前回の記事「なぜわたしたちは『ボヘミアン・ラプソディ』の「エーオ」に胸がアツくなるのか?――「エーオ」と「電話」で読み解く「呼びかけと応答」の物語」で詳しく説明していますので、そちらをご参照ください。 

引き継がれる「呼びかけと応答」の物語 

 また、前回の記事では「呼びかけと応答」という観点から映画を読み解きましたが、ライヴ・エイドのシーンにも同じテーマが引き継がれています。「ボヘミアン・ラプソディ」の演奏シーンにフレディの母親を捉えたショットが挿入されていることに注目しましょう。 

 間奏中にフレディが息を吹きかけるようなキスをすると、画面はそれを実家のテレビで見て笑いをこぼす母親のショットに切り替わります。ライヴ・エイドの直前に実家を訪ねたフレディは「ステージからママにキスを送る」ことを約束しており、ここではそれが果たされているわけです。キスという形でフレディから発せられた愛情を、母親がしかと受け止めたことがわずか一瞬のショット編集で巧みに表現されているのです。 

2曲目「レディオ・ガ・ガ」ではじめて観客の顔が映る意味 

 ライヴ・エイドの2曲目は「レディオ・ガ・ガ」です。しばしば指摘されるように、旧メディアの象徴たるラジオへの愛を歌ったこの曲の歌詞は、人気に翳りが見えつつあったクイーンに対するメタな自己言及になっており、ライヴ・シーンの物語に幅を持たせています。ラジオへの「呼びかけ」は、フレディから観客への「呼びかけ」へと横滑りし、さらに観客からフレディへの「応答」という形をとってあらわれます。 

 ラスト・シーンで観客の顔がはじめてはっきりと映し出されるのは、この曲の演奏中です。ショット数で言うと、全部で360ほどのショットで構成されているライヴ・エイドのシーンの51番目(図4)がそれに当たります(映画をもう一度鑑賞する方はぜひ確認してみてください)。また、「レディオ・ガ・ガ」の前奏中には、ステージ上で投げキスをするフレディのショットに観客席のアップをつなぐということもしています。「ボヘミアン・ラプソディ」の歌唱中にフレディと(広い意味での)彼の家族との関係を強調した映画は、満を持してその関係性を観客へと拡張していくのです。 

図4 「Bohemian Rhapsody | Final Trailer [HD] | 20th Century FOX

さらに、ここからは、ウェンブリー・スタジアムの観客にくわえて、パブでライヴをテレビ視聴している人々のショットも用いられます。クイーンの登場前にパブが映し出された際には、客はそれぞれの席からテレビを流し見る程度なのですが、「レディオ・ガ・ガ」の演奏中には、スタジアムの観客と同じように両手を挙げてフレディのパフォーマンスに「応答」する様子が捉えられています(図5)。映画は、ライヴの進行に合わせて観客の熱狂が高まっていく過程を、戦略的な演出によって表現しているのです。

図5 「Bohemian Rhapsody | Final Trailer [HD] | 20th Century FOX