文春オンライン

賛否両論の映画「新聞記者」が悪い意味で虚実ないまぜだった件

都合の良い実在・非実在の使い分けに呆れた

2019/07/21
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陰謀論は、現実にもけっこうある

 だが、いくらなんでも加計問題をベースにして、生物兵器開発を突っ込んでくるのは無理筋だろう。また、その理由として「テロ、外圧」への対応が文書に明記されていたと記憶している。外圧への対応というと、恫喝をうけた際の抑止力として使うのだろうか。

 生物兵器が抑止力としては不完全なものであることは、北朝鮮が核とその運搬手段である弾道ミサイル・弾道ミサイル潜水艦の開発に行き着いたことからも分かるだろうし、そもそも生物兵器を含む大量破壊兵器の保有疑惑(それも明らかに誤っていたもの)から国がひとつ消滅したのは今世紀の話であり、正気の沙汰ではない。第一、テロに生物兵器でどう対抗できるのかまったく分からない。これは単に「新聞記者」世界の政府が狂っていることを表現したいのか、制作陣が現実味のある設定だと本気で考えたのかは定かではない。

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 しかし、加計問題を生物兵器開発に絡める陰謀論は、創作の世界だけではなく、現実にもけっこうあるものだという。ググってみると、「加計の獣医学部設置は生物兵器開発のためだ」と主張しているサイトが出てきたが、その他にも「予防接種は国民に有毒物質を注射するためだ」などと書いてある典型的な陰謀論サイトもあった。

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 ここまで頭を抱えるレベルでなくても、著名人の論考では軍学共同研究に批判的な池内了名古屋大学名誉教授が、「加計学園の獣医学部は生物兵器研究に使われるのではないか」とハフィントンポストに書いている。これは既に畜産大学とも行われている生物兵器対処研究の一環を批判的に見ているもので、池内名誉教授自身も「マスコミも書いていない仮説」と但し書きをつけている。しかし、「新聞記者」での描かれ方は、明らかにそれよりも踏み込んだものだ。

「劇中で描かれたのは加計学園そのものでなく創作の大学に過ぎないのだから、それを批判するのは間違いだ」という意見も出てくるだろう。だが、「新聞記者」劇中における現実と創作の境目は、恣意的に曖昧・混同されている。

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都合の良い実在・非実在の使い分け

 筆者が呆れたのは、都合の良い実在・非実在の使い分けだ。

「新聞記者」劇中では政権リークを横並びで伝える新聞社や、政権の意を受け記者を攻撃する週刊誌、遺族に殺到する取材陣など、マスメディアの汚い面も描かれているが、登場するメディアはどこかで聞いたことがあるような名前(週刊文春と週刊新潮を合体させたみたいな)をしているがいずれも非実在だ。だが、これ自体に何ら問題はない。映画の話なのだし、非実在のメディアを登場させるのはごく普通だ。創作常連の「毎朝新聞社」を見ればわかるだろう。

 だが、終盤。吉岡たち東都新聞がスクープを報じ、政権側の意を汲むカウンター報道も行われる中、東都新聞に追随して報道するメディアが現れた。東都新聞社内では喜びを持ってそのメディア名が伝えられる。「読売、朝日、毎日」と……。それまで劇中に登場した覚えがないのだが、いきなり実在メディアが出てきてズッコケた。メディアの悪いところは非実在メディアのもので、良いところは実在メディアという、あまりに都合の良い使い分けが行われていたのだ。