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出生前診断は「陰性」……出産してみたらダウン症だった

河合 そうですね。私の本は、函館のある裁判を中心に書いています。出生前診断を受けて「陰性」だと医師から言われた女性が、いざ出産をしてみたら実は子どもがダウン症だった――。その子どもは、ダウン症の合併症で、3カ月半で亡くなってしまいました。母親は、「もし出生前診断で結果がわかっていたら中絶できたかもしれない」という理由で医師を訴えました。

 裁判の顛末は拙著を読んでいただくとして、先ほどの宮下さんの言葉を受けていえば、主人公の女性の父は、孫が障害をもって生まれてくる可能性があるとわかったときに、「検査を受けられるのか」「(陽性だった場合)堕ろせるのか」と女性に聞いたそうです。だから、この女性は父親と「命に対して、どうしてそういうことを言うの?」と対立したと話していました。

河合香織氏/1974年生まれ。神戸市外国語大学卒。主な作品に『セックスボランティア』『帰りたくない 少女 沖縄連れ去り事件』。『ウスケボーイズ 日本ワインの革命児たち』で、小学館ノンフィクション大賞を、『選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子』で大宅賞と新潮ドキュメント賞をW受賞

 ただし、女性はそうした周囲の声に対し抗しきれず、安心のために出生前診断を受けておこうか、と考えるようになります。彼女に限らず世の女性は、本当の意味で自己決定しているのではなく、そうせざるをえないところに追いやられていることもあるのではないかと、取材を通して感じました。

宮下 私が住むスペインにもダウン症の子も沢山います。ですが、日本同様に外の目を気にするかといえば、そうとは言えない気がします。

河合 先ほどの主人公の父は最後に「孫が生きていたらって今でもよく思うよ。最初は人目を気にしたと思います。でも、だんだんと愛着がわいていて、人の目なんてなくなっていったと思います」と話していました。だから、時間を過ごすうちにまた違った感情が生まれてくるはずですが、最初の入り口や、関係性を築くまでに、「世間の目」を気にしてしまう風潮が、まだ日本にはあるかもしれませんね。

「畳の上で死にたい」をスイスで叶える

宮下 中絶もそうですが、安楽死も、実行されてしまえば取り返しがつきません。だから個人の判断が明確ではない日本で、安楽死を法制化するのは危ないと前著で書いたわけです。ですが、それに対し、日本人の読者から、「筆者は欧米社会の暮らしが長いから日本社会の変化に気づいていない」「現在の日本では個人主義も尊重されるようになった」といった声が多く寄せられました。そこで改めて日本人のことを取材しようと思っていたところに、小島ミナさんとの出会いがあった。彼女が実際にスイスにわたって安楽死するまでを描いたのが今作『安楽死を遂げた日本人』です。

 小島さんは、数年前から全身の自由が少しずつ失われていく難病にかかっていました。この病の恐ろしい所は、癌などと違って余命が見えない、だけど確実に進行していくこと。現時点で有効な治療は存在しません。

 彼女は生前、「癌のように余命が見える病なら安楽死を選んでいない」「身体的な痛みや苦しみなら耐えられる」と語っていました。彼女のメンタリティに接した限りでは、それは強がりではなく、本当だったと思います。彼女は、精神的な迷いで安楽死に辿り着いたわけではなく、彼女なりの信念があって、スイス行きを希望したのだと思います。