「おまえが先に謝れ」 ひたすらプライドにこだわる男たち
ペギーが親しみを感じ、フランクと兄弟のような絆を育むジミー・ホッファ(アル・パチーノ)も、ひたすらプライドにこだわって“有害な男らしさ”を撒き散らす。自分に従う組合員トラック運転手の数は150万人、年金として彼らから集めた金は莫大で、銀行から金を借りられないマフィアに資金を融通してやる。強大な力を欲しいがままにするがゆえに、プライドの高さも相当なものになるのもわからないでもないが、これが酷すぎる。
引きずり降ろされた委員長の座に返り咲くための協力を得ようと因縁のあるマフィアのひとりと会談する約束をするものの、10分待たされたことにブチ切れて本題に入れず。アロハに短パンで現れる相手のカジュアルさに失礼だとブチ切れて、さらに本題に入れず(会談場所は年間平均最高気温29℃のフロリダ)。かつての因縁をめぐって「おまえが先に謝れ」と譲らずに、やっぱり本題に入れずに取っ組み合いをしただけで終わってしまうという具合に、万事がこの調子。
ネタバレになるので詳しくは書けないが、そうした“有害な男らしさ”の果てにフランクもホッファも辛くて苦い局面に対峙することに。にもかかわらず、老境を迎えたフランクがとうに亡くなったブファリーノへの仁義を立てて過去の悪行をFBI捜査官に頑として語ろうとせず、なんとか関係を取り戻そうとヨチヨチ歩きでペギーの勤め先を訪ねる姿は哀れでしかない。まぁ、そこにグッとくるといえばくるのだが……。
怒る、罵る、脅す、盗る、殴る、刺す、撃つ、殺しまくるフランクらにアガろうと思っていても、ペギーの冷たい眼差しがフラッシュバックする。そして、観ているこちらまで自分が夫として父として振る舞っている普段の言動や態度に有害性があるのではとドキッとして、脳内でセルフチェックシートを作成してしまう。
マフィア/ギャング映画を得意としてきたスコセッシが、その妙味であったはずの“男らしさ”をマフィア/ギャング映画の超大作で自己批判するようになったのか……とシミジミしたものの、なんだか引っ掛かる。ひょっとして“有害な男らしさ”というテーマを取り入れざるをえなかったのは、時代にも賞レースにも乗っかれるみたいなジェーン・ローゼンタールの“プロデューサーらしさ”ともいうべき思惑が反映されてしまったからじゃないのかとも勘ぐってしまう。
そんな意味でも戸惑ってしまった209分であった。
INFORMATION
映画『アイリッシュマン』
2019年11月27日(水)よりNetflixで独占配信中