芸人は「同情されちゃ商売にならない」
それはそれとして、くだんのたけしの言葉「あの時の涙を流して記者会見したやつの芸を誰が見て笑うんだ」から、昭和20年代のエンターテインメント界を席捲したコメディアン・トニー谷のことを想起する者もいようか。
トニー谷は日系二世のふれこみで、「レディース・エンド・ジェントルメン。エンド・おとっつぁん・おっかさん、おこんばんは」などと英語と日本語を混ぜたり、「さいざんす」といったキザな喋りをしたりで人気を博す。「おそ松くん」のイヤミのモデルといえば雰囲気は伝わろうか。色川武大らの演芸本を読むと、客をいじり、共演者を罵倒する、毒舌の笑いのハシリでもあったようだ。そんなこともあって、ある者は「天皇陛下の前に出られない芸人」と評したという(注1)。
そんなふうに大衆に憎まれるようにして愛されるトニー谷であったが、長男が誘拐される事件(1955年)で一変する。日系二世のはずが事件の記事では「トニー谷こと大谷正太郎さん」と報じられ、さらには憔悴しきった姿を世間にさらすことになる。かくして、謎めいた芸人もひとりの生活者であり、ふつうの父親であるとバレてしまった。
またこれをきっかけに芸から毒が抜けていったこともあって、トニー谷は人気を落とし、やがてテレビから消えていく。その後に歌謡ショーの司会者で復活するのだが、客席からはこんな声が飛んだという。「トニーのおじさん、がんばって!」(注2)。
素の姿を見られる、まして同情までされてしまうのは芸人にとっての不幸のようだ。たけしはこうも言っている。「芸人はバカだと思われてもいいし、ワルだと思われても構わない。だけど、同情されちゃ商売にならない」(注3)。一流の芸談である。そして宮迫の涙の会見について、たとえ世間に許されたいと思っても、同情だけは買ってはいけないと続けている。