この「aiueoのうちの一つだけで書く」というのは、「リポグラム」と呼ばれる言葉遊びの一種である。その定義は「特定の文字を使わないで叙述すること」。だから、「あ」だけ使わないとか「い」だけ使わないというふうに普通はやるわけだ。たとえば「寒い」だったり、特定の言葉をNGワードにして会話をするというゲームも、リポグラムの一種だろう。
先ほどまでやっていたのは、たとえば「a物語」であれば、「i」「u」「e」「o」の音をすべて使わないというルールで叙述したリポグラムということになるわけである。これはリポグラムの様々なルールの中でも相当にきつい縛りだ。リポグラムを試みた小説というのもあって、アーネスト・ライトというアメリカの作家が『ギャズビー』という、「e」の音を一切使わずに書いた小説を発表したことがある。ライトはタイプライターの「e」のキーを固定して動かないようにしていたといういい話が残っている。
その後、「ウリポ」という言葉遊び的なアプローチをする作家グループに所属していたジョルジュ・ペレックが『ギャズビー』に影響されて「e」の音を一切使わない小説を書き上げており、同書の邦訳では「i」の音を使わないというかたちでペレックの試行錯誤を忠実になぞっている。こういうワードゲーマーたちの真っ向勝負なぶつかり合いにはしびれるね。筒井康隆もページが進むごとに使える文字が減ってゆくというメタ構造の小説を書いたことがある。
当たり前だけれど、よく使用する文字ほど「NG」にされるときつい。「い」とか「う」だったらまともに書ける気がしない。逆にもともとあまり使用しない「ぬ」がNGに指定されても、屁の河童だろう。アーネスト・ライトが『ギャズビー』で使わない文字に「e」を選び取ったのも、それが最もよく使われるアルファベットだからだ。ちなみに最も使われることが少ないアルファベットは「z」の模様。よく使われる文字と使われない文字という話は前にも「エクストリームしりとり」の回で触れたと思う。「ぢ」で始まる言葉がほぼないので「鼻血」が狙い目だとか。
リポグラムは会話よりもむしろ文字を使った遊びだ。だから遊ぶときは紙と筆記用具か、もしくはキーボードがあったほうがいい。くじを引いて「NG」となる文字を決めてゆき、その文字を使わないように叙述をしてゆく。内容はただの日記でもくだらない話でもいい。そしてたびたびくじを引き直してゆき、使えない文字を増やしてゆきながら別の人へとスイッチしてゆく。10文字くらい使えなくなったときが最も楽しいショータイムだ。言葉が壊れてゆくから、いつもなら出て来ないタイプの語法が無意識のうちに導き出されてしまう。
手っ取り早く面白くしたいときのためのNG文字を一つ選ぶとしたら、「た」だ。われわれにとって過去をあらわす助動詞は「~た」しかないので、「た」が封じられればそれだけで過去のことを普通に語れなくなってしまう。口語での叙述法にすっかり慣れきってしまった今の時代の人々は、どうやってその課題をクリアするのか? もし、「君と出会ったとき、僕は君に恋に落ちた」という言葉が「た」のNGにより使えなくなってしまったら、どうする? 「君と出会い、そのときから僕はずっと君に恋している」のように、継続のかたちでむりやり過去のことをあらわすのか。いっそのこと、「君と出会ひ、僕は君に恋に落ちぬ」と古めかしい言い方にしてしまうとかどうだろうか。「君と出会い、僕は君に恋に落ちよる」とかお国言葉を使うという手もありではないか(これがどこのお国言葉なのかよくわからないが)。こんなふうに真っ向から国語力を試されるNG文字が「た」だ。