先進国におけるベーシックインカムの必要性――「空飛ぶ車」が実現する?
パックン 先進国でもベーシックインカムの利益を享受することはできるのでしょうか。
ブレグマン むしろ先進国だからこそ必要です。日本などはベーシックインカムを導入するだけの蓄えがあるからです。社会において最も貴重な財産は「人」です。にも関わらず、これほど恵まれた社会で、大勢のホームレスや生活困窮者が存在していることは異様です。昨今、もてはやされているイノベーションを推進するために、仮に社会のすべての子供たちが、卒業後にベーシックインカムに頼れると確信しながら勉強に取り組めたら、想像してみてください。このような環境が整っていたら「将来は絶対に企業内弁護士になりたい」とか「ビジネススクールに行きたい」と言う子供は減るのではないでしょうか。そうではなく火星に行く、がんを治す、空飛ぶ車を開発する、といったことに真剣に取り組む環境ができると思いませんか。面白くて、本当に意味のあることに取り組む勇気と意欲を持たせられるのではないでしょうか。
アメリカでは1980年代にレーガンの税制改革によって所得税の累進構造がフラット化して以来(レーガン政権は、景気刺激のために個人や企業に対する所得税を大幅に減税した)、大学で研究者になったであろう人材がウォール街へ流れるようになってしまった。残念ですね。倍率の高い就職先の社会的価値が高いわけではありません。
パックン アイスランドはリーマンショックに端を発するデフォルト(債務不履行)後、金融業界に規制をかけ、若者にとって金融業界ばかりが魅力的に映ることがないように工夫をしたそうです。その結果、起業する人などが増え、ブレグマンさんが指摘するような「付加価値を生む職業」への就職が増えているそうです。
ブレグマン それは素晴らしいですね。
ベーシックインカムはユートピアではない、“明日にも実現可能”な制度
パックン ベーシックインカムは一般的には実現可能性が低いと見られているからこそ「ユートピア」というレッテルが貼られていますが、ブレグマンさんは私たちが生きている間に実現可能だと考えていらっしゃいますね。
ブレグマン その気になれば明日にでも実現可能です。ユートピアだと言われますが、ベーシックインカムに近い考え方で米経済学者のミルトン・フリードマンが提唱した「負の所得税(NIT)」という言葉を使うと、納得する専門家もいます。「負の所得税」とは累進課税システムのひとつであり、一定の収入のない人々は政府に税金を納めず、逆に政府から給付金を受け取るというものです。私は「無条件で」「みんなに」現金が配られるというユニバーサル・ベーシックインカムの考えを好みますが、実現させるためには負の所得税という言葉を使ったほうが良いのかもしれません。
またベーシックインカムを支持するのは左派だと思われがちですが、行動の中心は右派です。フィンランドでは中道右派の政府が大規模な実験を始めており、シリコンバレーでもリバタリアンの起業家・投資家たちが支持を表明しています。
パックン どれほど突飛だと言われるアイデアも、見せ方次第で、その実現性は大きく変わってくるという事ですね。
構成:近藤奈香 撮影:鈴木七絵
ルトガー・ブレグマン/1988年生まれ、オランダ出身の歴史家、ジャーナリスト。ユトレヒト大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で歴史学を専攻。広告収入に一切頼らない先駆的なジャーナリストプラットフォーム「デ・コレスポンデント(De Correspondent)」の創立メンバー。日々のニュースではなく、その背景を深く追うことをコンセプトとしており、5万人以上の購読者収入で運営されている。『隷属なき道』はオランダで原書が2014年に「デ・コレスポンデント」から出版されると国内でベストセラーに。2016年にAmazonの自費出版サービスを通じて英語版を出版したところ、大手リテラリー・エージェントの目に留まり、日本を含めて23カ国以上での出版が決定した。
パトリック・ハーラン/1970年生まれ、アメリカコロラド州出身。お笑いコンビ「パックンマックン」を結成、日本語ではボケ、英語ではツッコミを担当しお笑い芸人として活躍する一方、深い教養を生かし、テレビ番組のMCやラジオDJなど多方面で活躍。