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2020/02/17

工場労働者の町はいつから「再開発」されたのか

 そこで少し大崎の歴史を調べてみた。大崎駅が開業したのは1901年2月25日。当時はまだ山手線は環状運転をしておらず、日本鉄道品川線という路線の駅だった。山手線の車両基地ができたのは1967年だから、それよりも遥か前に駅が先行して開業したのだ。

 開業した頃の大崎駅付近は、目黒川沿いの低地でポツポツと集落があるくらいの町であったらしい。ただ、品川や港湾部にも近いという立地が良かったのだろう。1912年には現在の西口の駅前に明電舎の工場が生まれる。その後、周辺にいくつもの工場ができて、大崎工業地帯とも呼ばれるようになった。大崎駅の利用者はこうした工場で働く人たちで、工場労働者の町だったのだ。

 ただ、都心にあった工場は高度経済成長期の終わり頃から地方への転出がはじまる。大型工場はもちろん、中小の工場も移転して大崎駅周辺に空き地が生まれると、再開発のターゲットとして1982年に東京都に「副都心」として指定される。これを契機に少しずつ跡地の開発がはじまった。発展はまず駅の東側で、1987年に大崎ニューシティが誕生。ゲートシティ大崎は1999年に完成している。

1999年に完成したゲートシティ大崎

 2000年代半ばから西口に開発の対象が移り、2007年にThinkPark、2009年に大崎ウエストシティタワーズ、2011年にNBF大崎ビルが完成。こうしてかつての“工場の街”大崎は、あっというまに高層ビルがいくつも立ち並ぶオフィス街へと変貌を遂げたのである。

大崎駅西口、2007年完成のThinkPark(右)と2011年完成のNBF大崎ビル(左)

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 新幹線停車駅で、リニアのターミナルにもなるという品川駅ばかりが注目されるが、やはり大崎駅こそ山手線でいちばんの“新勢力”。同時に、山手線の終着駅として毎日グルグル回って働いた電車たちが帰ってくる場所でもある。駅のすぐ南では東海道新幹線や横須賀線、湘南新宿ラインなどが入り乱れて交差するシーンも見ることができ、今も“鉄道の町”としての顔も持つ。

大崎駅のすぐ南側で東海道新幹線も交差。山手線の車両基地は高架下の奥にある

 そういえば、大崎では毎年秋の地域のお祭りに合わせて「夢さん橋号」と名乗る山手線の貸切列車を走らせている。運転本数の多い山手線では年に一度、唯一の貸切列車。新宿も池袋も東京も、もちろん品川駅も、ドアを開けずに通過する唯一の電車だ。これが許されているのは、大崎駅が山手線の車庫の駅であり、いちばんの急成長駅だから、なのだろう。

写真=鼠入昌史

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