昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2020/05/26

元彼は「歯医者に行くから金貸して」

 当時同棲していた彼は、数カ月に1度しか料理しないくせに、やるとなると、「スパイスをふんだんに使ったカレー」のような七面倒臭いものを作りたがった。一回の買い物で1万円近く使い、料理後に残った大量の洗い物処理と、日頃は出番のないS&BやFAUCHONのスパイス小瓶をしまうのは私だった。掃除・洗濯は、我慢できなくなったどちらかがやるようにしていたが、最初に音を上げるのはたいてい、自分。「歯医者に行くから金貸して」と言われてお金を渡したこともあるが、そのくせタバコと缶コーヒーを買うお金があるのは不思議でならなかった。

 あの頃を思い出すと、ドキドキはあっても、同じくらいイライラも抱えていて、決して居心地がいいとは言えなかったような気がする。

©iStock.com

「アイ・ラブ・生活」な夫に出会った

 そんな恋愛に疲れていた時に出会ったのが、夫だった。

 彼は昔から「アイ・ラブ・生活」を信条とする人で、暮らしを大切にする人だった。ゆえに、私よりよっぽどきれい好きだし、整理整頓も上手い。私は彼との生活で、朝のコーヒーの美味しさや、貝印の調理道具シリーズ「SELECT100」の使いやすさを知った。

 それはドキドキとはまったく違う楽しさで、日常が愛おしくなるようなものだった。

 
100均で買ってきた書類立てのようなものを、スライサー入れにした夫。貧乏くさいが、こうした「生活の工夫」を思いつく彼にいつも感心する。

 さらに彼はライターの先輩であったことから、原稿の添削や企画の相談も出来る。結婚してからは、リアルに「生活」と「仕事」がひとつ屋根の下で一体化。ダイニングで味噌汁を飲んだ後、そのテーブルは職場となり、後にオムツ替えの場にもなった。

「ドキドキ」と「生活」は両立できないのだろうか。ふと、かつてウィル・スミスとの夫婦仲の秘訣を聞かれた妻、ジェイダ・ピンケット・スミスの放った言葉「時々キッチンで、するのよ」が頭をよぎる。でも、我が家の台所にそのようなスペースはない。

 たとえドキドキが希薄でも、私にとって夫は、汚れのない網戸からの景色を見せてくれた人であり、実際に網戸掃除をしてくれる人でもある。気持ちのいい光の届く「暮らし」の豊かさを教えてくれた彼と、チームになれて良かった。

「逃げ恥」を再見し、のろけという「書き恥」を晒す妻である。

この記事の写真(7枚)

+全表示

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー