1ページ目から読む
4/4ページ目

 これを見て「おや」と感じ、かつて高校の生物図説に書いてあった、カイコの「抑制遺伝子」が頭をよぎりました。カイコの白い繭はほとんどの場合潜性遺伝ですが、例外が存在します。白い繭を作るカイコの中でも「抑制遺伝子」を持つものは、色付きの繭を作るカイコと交配すると次世代(Ww)が全て白い繭を作るカイコになるのです(さらに調べてみると顕性白毛という脊椎動物のもありました。)

 また、植物の交配にしては一世代の時間が短すぎるのも気になります。ゲームバランスのためでしょうが、昆虫のライフサイクルに近い速度感を感じます。

©iStock.com

  このことから、あくまで妄想ですが、あつ森遺伝学の設計には、昆虫で遺伝学実験をした経験のある人が関与しているのではないか、と想像しています。私が大学院生のときに昆虫研究者を目指してショウジョウバエの遺伝学をしていましたので、そのときのドキドキハラハラに似ているのです。 

 組み替えたはずの遺伝子がハエの表現型に見えない、死ぬはずの遺伝子を入れたのになぜか生きている、あるはずのない交配結果が見えてくるなど、実験は毎週、そんなドキドキハラハラの連続でした。 

ADVERTISEMENT

なぜ未プレイの私がこんなにも惹きつけられるのか

 そしてなぜ、未プレイの私がこんなにもあつ森遺伝学に惹きつけられたのか。プレイどころか、攻略サイトを読むだけでなぜ「これは私の物語だ」とまで思ってしまったのか。 

 私は現在昆虫研究者ではなく、昆虫食の専門家としてラオスに拠点をおいています。ラオスでは昆虫食文化がありながら、昆虫を養殖する技術がありません。そして同時に、子供の栄養不良が大きな社会問題となっている地域です。 

 NGOと連携し、ラオスで栄養を補給できる昆虫を求め、交配と最適化など、あつ森遺伝学とまではいきませんが試行錯誤を繰り返し、ようやくうまくいきはじめた矢先にラオス国境が閉鎖され、やむなく日本に帰ってきました。 

 そして日本の自宅で夜な夜なTwitterをしていたときに、あつ森遺伝学をみた私は「研究者にならなくても学んだことを社会に届ける方法があるんだ」と、強く勇気づけられたのです。   

(c)2020 Nintendo

「最大限、世界中の多くの人に『私の物語』だと感じてもらう」 

 これが徹底したリサーチと、そのエッセンスをゲームへ実装した最大の理由だろうと推測します。生物研究者にはおそらくならなかった、あつ森遺伝学の設計者がエンターテイメントという形を使ってこんなにもたくさんのプレイヤーに遺伝学を届けているかと思うと、「生物学など役に立たない」という偏見は無意味だとわかります。 

 かくして、私はあつ森を買うと決心したわけですが、ソフトどころかSwitch本体を持っていません。攻略本も品切れ、抽選販売にも外れ続けました。この記事であつ森プレーヤーのみなさんが少しでも、あつ森遺伝学の「中の人」に思いを馳せてもらえたら嬉しいですが、同時に、ショーケースの前でトランペットを見つめる貧乏な少年のような気持ちで、世界中のプレイヤーに嫉妬しながらこの記事を書いています。 

 もうすこし事態が落ち着いてラオスに戻れる時、私はあつ森を手にできているでしょうか。 
 

注……後日、著者の佐伯真二郎氏より「Nintendo Switch あつまれ どうぶつの森セット」の抽選販売当選の連絡がありました。