北朝鮮は16日、南北軍事境界線に近い南北共同連絡事務所を爆破し、朝鮮半島に再び暗い影が差そうとしている。未だ混迷を極める北朝鮮問題。軍事力を頼りに挑発行為を続ける金正恩は、次にどんなカードを切ってくるのか。いま、米国の国際政治学者が発表した「戦慄のシミュレーション」が注目を集めている。『2020年・米朝核戦争』(文春文庫)では、膨大な資料や知見をもとに、その“最悪のシナリオ”が描かれている。同書を朝日新聞編集委員の牧野愛博氏が読み解く。

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「我々は2年前とは大きく変わったし、今も変わっており、引き続き恐ろしく変わるであろう。非核化というたわ言は、言わない方がよい」。シンガポールで開かれた米朝首脳会談から2年。今月13日、朝鮮中央通信が伝えた北朝鮮外務省米国担当局長による談話の結びの言葉だ。

 北朝鮮は今、いら立っている。昨年末、金正恩朝鮮労働党委員長は「世界は近く、新たな戦略兵器を目撃することになる」と大言壮語を吐いたが、現在まで短距離弾道ミサイルなどの発射にとどまっている。新型コロナウイルスの感染拡大の影響だろう。今、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射や核実験を行えば、コロナ問題で余裕がない中国や米国を怒らせるだけの結果に終わる。

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金正恩朝鮮労働党委員長 ©AFLO

 すでに時期は6月だ。11月の米大統領選前に米朝首脳会談を開く可能性はほぼ消えた。コロナの感染拡大を防ぐために中朝国境を閉鎖したため、北朝鮮内で食料品などの物価が上昇し始めている。それが、比較的に負担が少ない韓国に対する挑発的な行動、好戦的な発言につながっている。

北朝鮮が日米韓に核攻撃、約300万人が死亡……

 北朝鮮の焦りがどこに向かうのか。現時点で考えられる様々なシミュレーションのうち、私たちにとって最悪のシナリオを描いたのが、『2020年・米朝核戦争』(ジェフリー・ルイス著、文春文庫)だ。説得力のある筆致は著者の豊富な知識と経験に裏打ちされている。

 本書は2020年3月、北朝鮮が日米韓に核攻撃を行い、48時間余りで約300万人を死亡させた大惨事を、北朝鮮と日米韓との間で交わされるやり取りや緻密な軍事的手続きなどを踏まえてリアルに“再現”している。

『2020年・米朝核戦争』(文春文庫)

 本書は「2018年8月7日以前に起きた出来事は全て真実だ」とし、具体的な論拠も巻末に示している。トランプ米大統領、金正恩氏、文在寅韓国大統領など、登場人物もすべて実在する。「北朝鮮が保有する核兵器は60発程度」とする米政府の見積もりの紹介など、実際に取材現場にいる者としては貴重な情報も多く含まれている。

“国際政治学の権威”が描いたシナリオ

 それもそのはず、米ミドルベリー国際大学院モントレー校不拡散研究センターに在籍する著者のルイス博士は、北朝鮮の核・弾道ミサイル開発を追う日米韓などの政府関係者や専門家、メディアには広く知られた国際政治学の権威だ。博士の研究テーマは北朝鮮に限らず、中国やイランの核開発にも及ぶ。

 私は昨年12月、ルイス博士が京都市の立命館大学で講演すると聞き、東京から慌てて駆けつけた。講演内容は、「さすがルイス博士」とうならされるものばかりだった。本書では、北朝鮮が東京やソウル、釜山、グアム、ハワイ、ワシントンなどを核攻撃する。ルイス博士は12月の講演で、その根拠を語っていた。