博士は北朝鮮が国営メディアを通じて公開した「戦略軍米本土打撃計画」の図や、弾道ミサイルの航跡図などを紹介。「ミサイルの軌道と思われる線が、パールハーバーや海軍基地のあるサンディエゴ、首都ワシントンなどに伸びていた」と語った。この分析は本書でも詳細に紹介されている。
弾道ミサイルの能力を科学的手法で割り出す
また、博士は北朝鮮の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「北極星1」についても解説してくれた。平壌にある金日成広場で行われた軍事パレードで撮影された北極星1。たまたま、搭載していたトラックが中国生産の市販品であったことから、トラックの大きさをもとに、北極星1の直径が1.5メートルであることを突き止めた。次に、北朝鮮が公開した北極星1の発射映像の様子をコンピューターで解析したところ、加速能力が毎秒8.8メートルだった。重量などの情報と総合した結果、北極星1が核弾頭を搭載した場合の射程は1500から2000キロだと割り出した。
こうした科学的手法に裏付けされた記述が、本書にはちりばめられている。北朝鮮だけではなく、ホワイトハウスや韓国大統領府(青瓦台)で繰り広げられる詳細なやり取りなど、うならされる展開の連続だ。北朝鮮によるミサイルの発射に伴い、「頑丈な建物や地下に避難してください」と呼びかける日本の総務省消防庁による緊急警報の紹介は、私たち日本人にとって身近な問題であることを改めて気づかせてくれる。
今後も軍事挑発を行う可能性は高い
フィクションも事実に基づかなければ、単なる空想になってしまう。今、日本でも話題になっている、北朝鮮軍将校と韓国女性の恋愛を描いたドラマ「愛の不時着」がその好例だ。複数の脱北者が監修したこともあり、リアルな情景が広がっている。通りで待ち構えて、道行く市民の服装の乱れを糺す糺察隊(キュチャルデ)、ほとんど電気が来ないため、本棚として使っている冷蔵庫などが、物語に説得力を与えている。本書は「愛の不時着」と同じ、リアルワールドの魅力に満ちあふれている。
一方、本書は最悪のシナリオを演出するためか、毅然と北朝鮮の挑発に対応する文在寅大統領、すぐに核攻撃に走る金正恩氏ら、現実からやや離れた人物描写になっている部分もある。実際の世界では、文在寅政権は南北融和路線の維持に躍起になっているし、米国務省で朝鮮部長を務めたデビッド・ストラウブ氏が私に「北朝鮮は決してスーサイドアタックはしない」と語ったこともある。日米も現実の世界では、悲劇の回避に向けて知恵を結集するだろう。
北朝鮮は今後、SLBMの発射など軍事挑発を行う可能性が高い。11月の米大統領選でトランプ大統領が敗北すれば、米国は北朝鮮に強力な圧力をかけ、再び局面は緊張に向かうだろう。本書を読みながら、最悪の事態を避けるための英知とは何なのか。読者1人1人が思いを致して欲しい。