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研究者が常勤ポストに就けない、食えないという問題

――角幡さんのツイートに対して、たとえば科学の分野でも「社会に還元できるか」どうかで判断され予算が付く状態だという意見もありました。

角幡 僕がちょっと聞いた話だと、北極域研究で調査を行う場合も、地球環境や温暖化の問題と絡めないと予算が付きにくいから、その関連の研究になりがちらしいんですよ。お金が下りるシステムを握られちゃうとどうしてもね。探検家や文筆業なんて有用性や即効性と言われたら、もっとも遠いですよ。

©角幡唯介

――研究者が大学や研究機関の常勤ポストに就けない、食えないという問題もありますよね。5年前には文科省による国立大学改革についての通知から論争が広がりました。教員養成系や人文社会科学系の学部・大学院に対して、「組織見直し計画を策定し、組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組む」ことを求めたものです。この時も「文学部不要論」が起きました。

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角幡 役に立たないですもんね。それも全て、国や企業の論理でいえばの話ですが。そっち側の価値観に判断が偏りすぎてるんですよ。でも、僕らは一人ひとりの人間として生きているんだから、充実した生き方をしたいじゃないですか。個々人の生き方と、企業だとか国家の論理は必ずしも連動するわけじゃない。企業や国家はそりゃ生産性を高めたいからそれを押しつけてくるけど、われわれ個人はそんなものに合わせる必要はない。生き方を追求するには、外側の論理にしたがって生きるのではなく、内側から湧きあがる声にしたがって生きたほうが良いと思うんです。すごく難しいことはたしかですが。

「感謝」する風潮と「自粛警察」

――コロナ禍によって、自分がやっている仕事について「今これをやっていていいのか、やるべきことなのか」と自問自答したり、外から問われた人も平時よりは多かったんじゃないでしょうか。震災後を想起した人もいたと思います。

角幡 僕は震災の時日本にいませんでしたし、今年も3月19日から2カ月近く、犬12頭と共に橇でグリーンランド北部を1270キロほど放浪していたので、正直その感覚はよくわからないです。コロナの感染拡大防止のためにカナダから入国許可を取り消されたことで、ようやく事態の深刻さを知ったくらいですから。

 しかしね、たとえば医療従事者に拍手する小学生の映像。僕はちょっとあれは気持ち悪いと思ったんですが、子供たちの中に内在的に感謝の気持ちを持っているのが一人もいないのが明白だからです。単に言わされているだけで、個々の人間性が無化されたロボットみたいに見える。これは容易にファシズムに結びつくな、と思っちゃった。

 コロナに限らず、プロ野球やオリンピックの出場選手なんかも必ずファンや両親に感謝する風潮がありますよね。やたらとすぐに「感謝」する。なんなんでしょうか、あれは。感謝なんかテレビの電波を使わずに個別にやるもんだと思うんですが。心から出た言葉じゃなくて風潮に乗っかっているのが見え見えだから、どうも胡散臭い。スポーツ選手って影響力、大きいですからね。彼らが無自覚に発する感謝の言葉は、世間の風潮を増幅させているんじゃないかと思います。

 しかも、表立ってはみんなやたらと感謝しているのに、日本の社会を見ていてちょっといびつだなと思うのは、たとえば道で困っている人をあまり助けないじゃないですか。重い荷物を持っているおばあさんが階段をえっちらおっちら歩いていても、みんな無視している。変な社会だと思います。

世界最北の村、シオラパルク。旅はここから始まる ©角幡唯介 

――「自粛警察」という言葉が出てきたのは、知っていましたか。

角幡 それは妻から電話で聞きました。自粛警察、他県ナンバー狩り。おのずと「感染することやさせること」が絶対悪とみなされて、それを破ると容赦ないバッシングを浴びる社会、そういうディストピア社会を想像しました。

 シオラパルク(旅の起点となる、グリーンランド最北の小さな猟師村)を出て、犬橇を走らせている間は衛星電話なので、「変わったことはあった?」「今ここにいるよ」程度のごく短いやり取りでしたが、村に戻ってきてからは普通の国際電話でもう少し詳しく話を聞いて、「そんな状況になっているのか」と。「何もできないじゃないか、そんな殺伐としたところへ帰らなきゃならないのか」と、日本へ帰るのが憂鬱でした。僕が出国する時、グリーンランドは感染者ゼロだったんですよ。だけど出国の前日に熱が出て、急にのどが痛くなってきて……。

――えっ、角幡さんがですか。

角幡 結局ただの風邪だったんですけど、焦りましたね。「コロナ 症状」で検索すると、風邪の症状だから思い当たることばかり。悪天候で帰りの飛行機がキャンセルになって8万円のチケットがパーになっていたんです。無事に1日で熱は下がり、飛行機に搭乗する時には検温を受けても問題なく、帰国後に空港でPCR検査を受けて、ホテルと自宅で2週間自主隔離しました。