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トランス俳優がトランス役を演じるべき2つの理由

 トランス俳優がトランス役を演じるべきである理由は、おおまかにいってふたつある。 

 ひとつめは、性別移行を経たトランスジェンダーの身体には、移行前と移行後の経験が複雑に「書き込まれて」おり、それをシス俳優が再現することはほぼ不可能だからだ。

 しかも、シス女性やシス男性の大多数が、その人が所属する文化圏における「女らしさ」「男らしさ」をそれなりに体現していながらも、誰一人として全く同じではないように、トランス女性やトランス男性についても、「唯一の典型」は、ありえない。そのことは、多数のトランス当事者が出演するドキュメンタリー映画『トランスジェンダーとハリウッド:過去、現在、そして(Disclosure)』(サム・フィーダー監督、2020)や、テレビドラマ『POSE』(2018〜)を見れば、誰もが理解できるだろう。 

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『POSE』に出演しブレイクを果たした、俳優のインディア・ムーア。トランスジェンダーであることを公にしている ©getty

 トランス俳優がトランス役を演じるべきであるもうひとつの理由は、現在のところ、映画やドラマなどにおいて、トランス俳優の姿を見ることが圧倒的に少な過ぎることだ。つまり、トランスジェンダーの当事者たちは、銀幕やテレビ画面上で、「自分たちと同じトランスというカテゴリーの人々の姿」を見る機会が圧倒的に足りていない。

 シスジェンダーで異性愛者の観客にとっては、素敵でうっとりできるロマンス映画も、ホラーなどのジャンル映画も、文芸大作映画も、シス俳優たちが演じる作品が、もともと、無尽蔵にある。

 レズビアンが登場する作品の数にしても、レズビアン観客としては、「もう十分だ」とは全く思わないけれど(とくに日本作品の少なさ!)、『ビビアンの旅立ち』(ドンナ・デイチ監督、1985)はなかなか素敵だったし、後述するように、1990年代以降は作品数も増えてきた。レズビアンだけでなく、すべての観客がもれなくうっとりすると言っても過言ではないレズビアン・ロマンス映画『キャロル』(トッド・ヘインズ監督、2015)も登場した。

 若いゲイを救う明確なメッセージを伝える『ムーンライト』(バリー・ジェンキンス監督、2016)、『ボヘミアン・ラプソディ』(ブライアン・シンガー監督、2018)、『ある少年の告白(Boy Erased)』(ジョエル・エドガートン監督、2018)、『his』(今泉力哉監督、2020)などの映画たちは、ゲイの観客をエンパワーし、異性愛者の観客を教育しているだろう。

宮沢氷魚が主演の『his』


 では、トランスの観客は? 前述の『トランスジェンダーとハリウッド』、『POSE』など、トランスジェンダー俳優が登場する数少ない作品を繰り返し、見ているという人が多いのではないか。 

自分と同じ人々を見る機会が少ないとはどういうことか

 自分と同じカテゴリーの人々を見る機会が映像文化に圧倒的に不足しているとは、どういう状態なのか。それを説明するために、少々、自分語りをお許しいただきたい。