八百長には「高度なテクニックが必要」だった
詳しくは後に述べるが、俺が仕組んだ八百長は、いずれもかなり高度なテクニックを必要とした。
有利とされるインコースからわざと負けるといった、誰にでもできるような単純な仕掛けは、俺のプライドが許さなかった。レースのメンバーと実力、エンジン機力、レース場の特性、当日の天候と水面コンディション、コース取り、人間関係を見極めたうえで、「ある選手を勝たせながら、別のある選手を妨害し、そして自分は3着に入る」といった困難なミッションを驚異的な確率で成功させた。
「アカデミー賞の演技やな」
いま思えばバカな話だが、共犯者から「アカデミー賞の演技やな」と称賛され、気を良くした俺はさらに難易度の高い八百長の構図を完成させることに夢中になっていた。相撲とボートの八百長にはひとつ、共通点がある。それは「強くなければ八百長はできない」という構造だ。
相撲の世界の八百長は、強い力士の保険という性格がある。弱い力士が、ガチンコでやればまず勝てないという相手に八百長を持ちかけても、足もとを見られ、金額を吊り上げられるか、受けてくれないのがオチだ。カネを受け取って負けたほうが得策だと思わせるような実力がなければ、星を買うこともできないのである。
ボートの場合も、不正をするには実力が必要だ。実力がないX選手がわざと着外に沈んでも、もともとX選手の舟券が売れていないので、X選手を外した舟券はオッズが全体的に低い。当然、儲けは少ない。
そもそもX選手は実力的に大きなレースに出ることはできない。売上の少ないパン戦(一般レース)の前半戦で八百長を仕組み、大きく張って儲けようとすれば3連単(1着から3着までを着順通りに当てる)のオッズに大きな歪みが出てすぐにバレてしまう。
5万円、10万円を抜いてやろうというプチ八百長で満足するのであればともかく、本格的な八百長を計画するのであれば、売上金額が大きいレースに出場できるような実力が必要だ。レースが大きければ大きいほど、売上高も大きくなり、オッズの不自然さも解消され、不正のメリットも大きくなるのだ。