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野村克也-沙知代=ゼロ…「強い妻」に先立たれた夫が晩年に向き合い続けた“心の弱さ”とは

『弱い男』より #2

2021/02/11
note

 前向きに考えられる人なら、そうやって生きていけばいいと思う。羨ましいとも感じる。だけど、私はマイナス思考だから、「ポジティブに考えろ」と言われたって無理だ。

「死んでも見守ってくれている」というのはおためごかしだ。

 生きていてくれた方がいいに決まっているじゃないか。

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 死者は心の支えになるかもしれない。けれど、それは強い人の話だ。

 私は弱い。ただただ悲しい。

 そばにいないことが辛いよ。男はさっさと逝ったほうがいい。

 もう十分に生きたし、幸せな人生だった

 自分用の墓もできた。もう、心残りはないよ。

 そういえば、沙知代の三回忌のときに初めて涙が出てきた。

 ますます弱くなったからなのかな? それとも、ようやく彼女の死を受け入れることができたからなのかな? 悲しいことには変わりはないけれど。

©文藝春秋

 沙知代が亡くなってから、涙もろくなったよ。ドラマを見ていてもすぐに泣く。

 母が死んだときは「幸せだったの?」って聞いた。不幸な人生だったから。

 沙知代はどうだったのかな?

 幸せな人生だったと思うよ。私といういい夫を見つけられたのだから。

 私も幸せだった。

 野球があったから、ここまで生きてこられた。「野村克也」以上に、野球で成り上がった選手はいないだろう。やっぱり、幸せな人生だった。

 そして、沙知代がいたから、こんなに弱い私も何とかここまで生きてくることができた。世間において評価を受けることができた。それはすべて沙知代のおかげだった。

©iStock.com

 私は本当に幸せだった。

 あとは死ぬだけだ。

 どんな死に方がいいのかな? 理想を言えば、沙知代みたいに苦しまずに死にたい。

 監督時代には「胴上げされているときに死ねれば本望だ」と話したこともある。しかし、今となってはそれは叶わない。

 残された時間が少なくなっていることは理解している。生きる気力、エネルギーのようなものも風前の灯火なのかもしれない。

 さて、どんな死に方をするかな。

 もう、十分に生きたよ。

弱い男 (星海社新書)

野村 克也

星海社

2021年1月27日 発売

野村克也-沙知代=ゼロ…「強い妻」に先立たれた夫が晩年に向き合い続けた“心の弱さ”とは

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