「いわゆる族議員じゃないんですよ」
─その理屈は、中曽根以降の新自由主義の流れをくんでいるのか。
「新自由主義という言葉遣いは僕にはわからんけど、そこでいろんな知恵を出せ、ということだと思います。だからこの一つの政策は畑違いなので黙っているのではなく、ある政策に精通しているという専門家ではない。初めて話を聞いても、そこは違うんじゃないか、と思えば、そう判断する人だと僕は思います。それはおかしいでしょう、っていうのが口癖。それで確認するんだろうね。だから、いわゆる族議員じゃないんですよ」
族議員との呼称には、政官業のトライアングルに巣食う利権を貪る悪徳政治家のイメージがつきまとうかもしれないが、本来は政策通の政治家という意味だ。議員が得意分野の政策を持つことは決して悪いことでもない。
郵政民営化を通じて変わった菅義偉に対する評価
自民党政務調査会では産業分野ごとに委員会や部会を設け、新人議員とベテラン議員が企業や霞が関の官僚とともに業界のことを学ぶシステムがある。そこに癒着が生じて金権政治の温床になってきた過去があった事実は否めない。半面、省益を優先し国の政策を歪めてしまう官僚に対抗するための政策研修という一面もあり、族議員が力を持ってきたのは、その結果でもある。もとより国会議員なら誰でもそのくらいの理屈は理解しているだろうが、メリットとデメリットのどちらも生じている。それが政治の現場といえる。
一方、必ずしも規制緩和路線が悪いわけでもない。が、競争原理を働かせるという旗の下、欧米から輸入した新自由主義が、国内における昨今の格差社会問題を引き起こした要因であることも、否定のしようがない。
日本でいえば、規制改革の代名詞となったのが、小泉政権でおこなった郵政民営化だろう。周知のように、郵便、銀行、保険という三事業を分割・民営化しようとした大改革である。小泉自身がずっとこだわり続けてきた政策であり、小泉内閣に規制緩和路線の要として経済財政政策担当大臣や金融担当大臣、さらには総務大臣を歴任してきた竹中平蔵がそれを実現させたとされる。
2005年11月、菅は第三次小泉改造内閣で竹中が総務大臣ポストに就いたとき副大臣に就任した。そこで菅は、郵政民営化に向けた実務の現場で汗を流した。以来、現在にいたるまで、みずからの政策について竹中と定期的に会い、指南をあおいでいる。