「意外やな」で、ようやく私がスタートした
必然的に映画サークルに入った。明るさと気難しさを合わせ持つ部長に「オズは好き?」と聞かれ、オズの魔法使のことだと思い「ジュディ・ガーランドいいですよね」と知ったような口を利いたら、小津安二郎監督の話で赤っ恥をかいた。昔の邦画をほとんど知らなかった私は、家に帰り慌ててレンタルした「東京物語」を観た。そこから黒澤明を観て、石原裕次郎を観て、松田優作を観た。わけもわからず邦画をじゃぶじゃぶ摂取した。本当は「ティファニーで朝食を」のオードリー・ヘップバーンの名セリフ「そのドアまで4秒かかるけど、2秒で出て行って」が好きだという話をしたかった。私にとって映画とはセリフだった。でもそれは、和田誠の映画の見方なのだ。じゃあ自分が本当に観たいものは何? 作りたいもの、一から見つけられる? 棚の上のグロリア・スワンソンが見守る中で、私は自分に問いかけていた。
新生活をはじめて一ヶ月ほど経った頃、母親から電話があった。「うまいことやれてる?」やってるやってる。脚本書きたくてさ、映画サークルに入ってん。「へえ、あんた映画サークル入りそうやな」そういえばアパートの近くに、坂本龍馬通りがあったわ。「あ~あんた、家にあった『竜馬がゆく』読んでたもんな」親父は元気?「元気元気、電話代わろか」いや別に、どっちでもええねんけど。「……おい」お~親父、久しぶり。「お前、俺に黙って『お楽しみはこれからだ』持って行ったやろ!」あ~知らん、ちゃんと探した?「絶対お前や、あれ大事な本やねんぞ、返せボケ!」あ、ごめんもう充電切れるわ~。強引に電話を切った瞬間、私はこらえきれずに笑った。なんやねん和田誠、モテモテやん。めり込んでるやんか。こうやって色んな人の人生に、和田誠はめり込んでる。いいな、私もめり込みたいな。本も書きたいし、映画も撮りたい。イラストも、ちょっとだけやったら描けるかな。
4年後、結局私は芸人になった。漫才するわ。そう告げたときの母親の「意外やな」の一言で、ようやく私がスタートした。初めて書いた漫才台本は、セリフだけの文章だった。見とけ、私も今に誰かの人生にめり込むからな。心の音はもちろん「お楽しみはこれからだ」と高く鳴っていた。