団塊ジュニアが高齢者になる時
中村 『本心』は、2019年9月~2020年7月までの新聞連載が元になっていますが、コロナ禍の身体接触が禁止されている今の私たちの姿を予言しているような内容でもありました。主人公が生業としているリアル・アバターという職業は、依頼者の代わりに実際に行動し、その視点映像をVRを介して提供するという仕事ですが、これは何十年後かに実際にビジネスになるだろうなという予感がしました。身体障害を持っている人にも、老いた人にも需要があるはず。
平野 リアル・アバターという名称ではありませんが、ニューヨークで感染が爆発した時に、高齢者の買い物を代わりに引き受けるボランティアグループが生まれたりしましたよね。もちろん、それ以前からウーバーイーツが日本でも流行り出したりして、いろいろなことを代理でやってくれるサービスが世界的に広がりつつあるのを実感しています。
中村 実は私も、先だって『サスペンデッド』というAR(拡張現実)作品を作ったこともあり、こうした、視点の外在化というものがリアルに描かれているところにも興奮しました。
平野 そうした新しい技術というところで言うと、この小説は、中村さんや僕の世代――いわゆる団塊ジュニアと言われている世代が70歳くらいになった時代を舞台にしています。その頃、日本という国がどうなっているのかは、この現状からは明るい見通しが立たないため、今から恐れられていますよね。うちの子らは今年10歳と8歳なんですが、彼ら世代が、今よりも遥かに日本という国で生活することが困難になっているであろう時代に生きるというのはどういうことなのか。それを小説を介して想像してみようと思ったのも執筆の動機の一つです。
中村 では、コロナの前からこのプロットだったわけですね。平野さんの小説はいつもそうですが、リアル・アバターにせよVFの母にせよ、本当に予言的ですね。未来の私たちは、VRのようなテクノロジーを介してでなければ、死や死者の存在を身近なものとして感じられなくなりつつあるのかもしれません。かつては宗教的な体験や演劇、能のような芸術などが、死者を身のまわりに置いておくためのツールとして機能していた。現代において、それをVRのような技術が代替しつつあるというのは、人間は結局そうした体験が絶対的に必要だからなのかもしれませんね。
(この対談の完全版は、6月7日発売の「文學界」7月号に掲載されています)
平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)
1975年生まれ。99年、大学在学中に投稿した「日蝕」により芥川賞受賞。以後数々の作品を発表。近著に『ある男』(読売文学賞受賞)、『マチネの終わりに』(渡辺淳一文学賞受賞)などがある。2020年より芥川賞選考委員。
(撮影:@ogata_photo)
中村佑子(なかむら・ゆうこ)
1977年生まれ。映像作家。映画作品に『はじまりの記憶 杉本博司』、『あえかなる部屋 内藤礼と、光たち』、主なテレビ演出作に「幻の東京計画~首都にありえた3つの夢~」などがある。初の著書『マザリング』を昨年上梓。