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なぜ僕?『もののけ姫』主人公アシタカ松田洋治の“葛藤”「超有名俳優でも声優でもない中途半端な存在」だったのに…

松田洋治さんインタビュー #1

2021/08/13
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有名な俳優さんばかりなのに「なぜ、僕なんだろう?」

――森繁久彌さんや森光子さん、美輪明宏さんといった大御所の出演に驚かれた。

松田 誰もが知っている、有名な俳優さんばかり。僕は“声優”という職業はないと思っているのですが便宜上、声優という言葉を使いますけど、僕が声優として実績を持っている人間だったらこの錚々たる布陣のなかで主演を張ってもおかしくない。でも、声の業界においても、一俳優としても僕は名があったわけでもない。超有名俳優でもなく、超有名声優でもない、中途半端な存在。だから山寺宏一さんや三ツ矢雄二さんとかならともかく、「なぜ、僕なんだろう?」という強い疑問。そこはいまだに解決していないというか、引っかかってはいますね。

©末永裕樹/文藝春秋

――当時の松田さんは、80年代なかばから10年近くにわたって舞台に注力されていました。さらにアニメーション映画への出演は『風の谷のナウシカ』から13年以来。そうしたなかで、アシタカ役を引き受ける動機というかモチベーションみたいなものは何だったのですか?

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松田 アニメーションとしてやっていなかっただけで、ラジオドラマなどの仕事は多くやらせていただいていたんです。そういう意味では、声の仕事ということはもちろん何の抵抗もなかった。

 僕がアシタカ役に選ばれた要因について補足的な推測をすれば、『風の谷のナウシカ』の他にも決定打になっているんじゃないかという作品があるんですよ。1987年にNHK-FMの『FMシアター』という枠で放送した『シュナの旅』というラジオドラマがあったんです。『シュナの旅』は宮崎さんが描いた絵物語(1983年、徳間書店・アニメージュ文庫からリリース)で、主人公シュナを僕が演じたんですね。

 ドラマの制作にスタジオジブリは関係ないのですが、プロデューサーの鈴木(敏夫)さんは聴いていたんじゃないかなと。宮崎監督はわからないですけど。シュナはアシタカと共通点があるというか、モチーフになる部分が重なっているキャラクターですので、その要因もあったのかなと。これについておふたりから聞いたことがないので、あくまでも推測に過ぎないですけどね。

宮崎監督の「声で芝居をするな」という思い

――1997年2月17日にアフレコがスタートします。『もののけ姫』のアフレコは、舞台とは違った発声法で臨まれたそうですが。

松田 録音を重ねていって、何度もテイクを重ねていくうちに、宮崎さんの演出の狙いが自分なりに見えてきたんです。「声で芝居をするな。芝居をした結果の声が俺は欲しいんだよ」というのが一番のベースになっているのではないかと。そこが声優と呼ばれる人たち以外でキャスティングが行われた理由にもつながっていると思うんですよ。『もののけ姫』は、メインキャストもそれ以外のキャストも声の仕事をメインにされていた方がほとんどいなかった。新劇の人たちなどが参加していますから。いわゆる声優さんというのは、トキ役をやられた(島本)須美さんだけなんです。

『もののけ姫』より。タタラ場の民を多くの俳優らで演じた

――確かに『千と千尋の神隠し』(01)ではカオナシを演じた中村彰男さんを筆頭に、『もののけ姫』には文学座の俳優が多く参加しています。タタラ場の民たちを演じていますね。

松田 声をメインとして活躍されている方たちに「声で芝居をするな」とは言えないでしょうし、そうした狙いではないからこその起用だったのではないでしょうか。

 そのことに気づいてからは、発声そのものというよりも『もののけ姫』という作品の世界に自分がいたらどういうふうにセリフを言うのだろうかを考え、そこに近づくようにしました。ただ、われわれは常に動いて演技をしているので、“動き”なしで演じることに物足りなさを感じる。そのぶんセリフ表現に傾く場合があるんです。そういう時の声だけを切り出してみると、オーバーアクティングに聞こえてしまう。それを削っていくのが、録音作業の肝だった気がしますね。