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 そのようなとき、私はヤングケアラーというテーマがもつ普遍性について触れるようにしている。単にケアをしている子どもが可哀想だから救う、という限定的な話ではない。学習困難、いじめ、不登校、退学、ひきこもり、就職困難、貧困、介護殺人、虐待などさまざまな問題の背景に家族のケアの問題が絡んでいることがある。ヤングケアラーという概念を用いることは、早い段階でアプローチすることを可能にし、これらの問題防止にも貢献しうる。

 もうひとつ、私を悩ませていることがある。ヤングケアラーは可哀想かという疑問である。彼らが抱えるネガティブな面を示すことは、「手伝いだから良いことだ」という一般社会の固定観念を改め、彼らへの支援が必要であると理解してもらうためには、どうしても必要なことである。

 しかし、ネガティブな面ばかりを強調すると、彼らにさらなるスティグマを負わせる可能性もある。かといって、ヤングケアラーはポジティブな存在であると言ってしまうことも、そういう面を強調することにも違和感をもつ。

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 さて、これではまだ雲をつかむような感覚が残るのではないだろうか。そこで今回、私が出会ったヤングケアラーたちの語りの一部を紹介したい。ヤングケアラーたちが日々何をしていて、家庭内でどのような役割を担っており、彼らの生活、人生において何が起こり、彼らはどのような気持ちでいるのか、より具体的なイメージが浮かび上がると思う。その際には、ここまで述べてきたことをぜひ念頭に置き、短絡的な評価をしないようにご留意いただきたい。そのうえで社会がとるべき道と私たちが日常でできることを考えてもらえることを願っている。

母と祖母と。3人での暮らしのはじまり

 ヤングケアラーの調査でも多く見られた事例の一つが祖父母のケアである。その一人、Aさんを紹介しよう。

 Aさんは物心ついた頃から母、祖母と暮らしていた。Aさんの母親はもともと体が丈夫ではなかったため、祖母の年金で暮らすようになった。

 Aさんがケアを始めたのは小学生の頃で、母親は体調不良のため、家で休んでいることがほとんどであった。家のことは祖母が中心となり担っており、Aさんはそのお手伝いを始めた。具体的には買い物をしたり、家事を祖母とともにしていたという。

 このような経緯なので、Aさんにとってケアの始まりは祖母の「手伝い」という感覚だった。この「手伝い感覚」というのは、多くのヤングケアラーたちが口にすることである。

 小学3年生の頃には、祖母が腰を痛め、半分寝たきりになってしまった。これによって家族3人が少しずつ力を合わせて生活するようになる。