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2021/11/13

genre : ライフ, 歴史, , 政治

 彼女は江さん、60歳。遼寧省大連市の郊外出身だ。先に島に嫁いでチャイナスナックのママになっていた地元の友人から誘われて、2016年に島にやってきた。

「他にもうひとり、大連から嫁いできた人がいるね。だから、島内の中国人は3人。私は結婚したときは日本語がまったくできなくて、いまでも下手なんだよねえ」

江さんが書いた「おすずめ」のお品書き。沖縄料理の居酒屋ですが、中華料理もちょっとだけあります。

 とはいえ、他の外国語を学んだ経験もほぼない状態で55歳から日本語を覚えて、居酒屋の女将をやれるのはすごい。店は南大東島出身の夫と2人で切り盛りしており、厨房にいる夫に対して接客はもっぱら彼女の仕事だ。

島内では服を買えない

「島のなかではほとんど服や靴や電化製品を買えないから、那覇に出たときに買うことが多い。もちろん、島内から注文して船便で運んでもらうこともできるけど、店舗で実物を見て比べたいときは、那覇。だからこの島で暮らすとお金貯まるよ」

 島内の商店は限られており、比較的大きな店舗(といっても都内を中心に展開する小型スーパー「まいばすけっと」くらいの規模だ)はJAおきなわAコープと与儀商店くらいだ。

 与儀商店には食材のほかに、野良着や農具、『ゴルゴ13』などのわずかな書籍も売られているが、逆に言うと与儀商店に売られていないものは島内に存在しない。

フェリーで来島した場合、カゴに吊り下げられて船を降りる。島内の資料館「島まるごと館」の写真展示より。

 スニーカー1足やユニクロのシャツ1枚でも那覇に行かないと買えないほど、娯楽や気晴らしの場がすくなそうな島で、第二の人生を送ることになった中国人は何を思って暮らしているのだろう。そう思ったが「毎日、居酒屋の仕事でめちゃくちゃ忙しく」江さんは退屈をそれほど感じていないそうだ。話題を変えた。

「この島に中国人客が来たこと? ええと、コロナ前だと、那覇の大学に留学している女の子が1人来たね。あと数人、来たかどうか。ほかにサトウキビ農場に働きにきた中国人が1人。コロナが流行してからは、たぶん誰一人、来ていないかなあ……」

“怪魚インガンダルマ”を大連人のおばちゃんに振る舞われる

 ところで、南大東島の近海で水揚げされる知る人ぞ知る珍魚として「インガンダルマ」と呼ばれる深海魚がいる。脂がよく乗った白身魚で非常に美味とされるのだが、その脂は蝋分(ワックス)であり人体では消化できない。正式名称はバラムツだが、南大東島での呼称はもっぱらインガンダルマだ。

 厚労省のホームページの記述によると、体質や摂取量によっては「排便前に悪臭のある油状のものを排泄」する下痢や腹痛、嘔吐などの食中毒症状を起こすという(つまりお尻から脂を垂れ流す)。すなわち、食品衛生法第6条第2号に違反する魚種なので、「販売」(また販売目的での採取や調理や貯蔵など)はご法度だ。

 ……ということなのだが、逆に言えば販売せずに勝手に「食べる」行為はひとまず違法ではない。事実、大東諸島では地元の人に好まれているらしく、ネットで検索してもそういう情報がたくさん見つかる。自己責任で口にする珍味と考えるべきだろう。

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