「僕が書くべきだ、僕の詞じゃないと生かせない」
松田聖子に対しては、松本隆もそれまでの歌謡曲の歌い手にはない要素を感じ取っていた。彼はデビュー曲「裸足の季節」を聴いた時のことを、僕が担当しているラジオ番組でこう言った。
「何か、コニー・フランシスみたいな感じがしたの。ポップで声がベタッとしてない。すごく立体的に聞こえたのね。しかもグルーヴがちょっと跳ねる。それはアイドルにしてはちょっと珍しかった。アイドルってもっとベタッと歌うんですよ。裸足で全部踏んでしまう、みたいな歌い方ですね。彼女が歌うと音符がつま先でぴょんぴょん跳ねているような感じだった。僕が書くべきだ、僕の詞じゃないと生かせないと思った。でも他の人が書いてるからと諦めてたら、ふっと何かの拍子でディレクターが頼んできて。それ以降は何かピタッとはまっちゃったんで、快進撃が始まるのね(笑)」
コニー・フランシスは60年代のアメリカン・ポップスを象徴する歌い手である。「カラーに口紅」「大人になりたい」「ボーイ・ハント」「ヴァケイション」など日本語で歌われたヒット曲も多い。鼻にかかったような甘くのびやかな声の魅力は、竹内まりやなどにも共通している。
「白いパラソル」に始まる松本隆の色彩感と情景感
松本隆が書いた最初のシングル「白いパラソル」はこういう詞だ。
お願いよ 正直な 気持ちだけきかせて
髪にジャスミンの花 夏のシャワー浴びて
青空はエメラルド あなたから誘って
素知らぬ顔はないわ あやふやな人ね
渚に白いパラソル 心は砂時計よ
あなたを知りたい 愛の予感
風を切るディンギーで さらってもいいのよ
少し影ある瞳 とても素敵だわ
涙を糸でつなげば真珠の首飾り
つめたいあなたに 贈りたいの
渚に白いパラソル 答えは風の中ねあなたを知りたい 愛の予感
仮に「白い貝のブローチ」が前書きだとすると、第1章が「白いパラソル」ということになるだろう。“白”と“海”という連続性、前作では“ハイビスカス”だった花が“ジャスミン”になった。空や花、そして海。それぞれの色彩感と情景感は、その後に彼の書く世界の特徴にもなってゆく。