文春オンライン

絨毯輸入では中国の従業員から総スカン、商品のシルクシャツを着たらクレーム…… 数日でクビばかりだった石田社長が、橋幸夫、黒沢年雄、チェリッシュたちが所属する“夢グループ”を作るまで

夢グループ石田社長インタビュー#1

2021/12/02
note

ビジネスチャンスを求めて、単身中国へ

――昭和の人情が感じられる話ですね。それ以来ずっと経営者としてお仕事されているんですね。

 若いので、勢いと元気だけはありました。いったんは成功しましたが、順風満帆とは言い難く、それからは失敗の連続でした。20代で多くの従業員を抱えて広告の仕事を続け、仕事の幅を広げようと思っていた矢先、知り合いの北区のとある町会長さんが「これからビジネスをやるなら中国だ」と教えてくれて、単身天津に渡航して、絨毯を輸入する仕事を始めたんです。仕入れ値が1万円のものが日本だと10倍で売れる。これはチャンスだ、と。玄関マット用の絨毯を150枚仕入れましたが、これがまったく売れず、大量に売れ残った絨毯のホコリで鼻はつまるわ、従業員から総スカンはくらうわで、ギブアップしました。

 それに加えて80年代の中国はいまとは違い、従業員が本当に働かなかった。僕が取り引きした中国・天津の会社はデパートを所有する従業員7千人の大きな会社で、そのうち7人分の給与を僕が支払い雇っていたんですけど、従業員の梱包作業はなぜか1日1個のみ。あとはダラダラとお茶している。なんでサボっているのかと通訳をつかまえて問い詰めたら、「働いている姿勢を見せれば、あの外国人から賄賂をもらっていると勘違いされる。そうすると私たちは生きていけない。クビになるんです」と。

ADVERTISEMENT

 やる気がないからどうしようもない。積荷を郵便局に持ち込むのにも車を貸してもらえないから、自分でリアカーを引いて郵便局に運びました。汗だくの僕を見ながら、中国人の従業員が自転車で並走するというわけがわからない状況。いったい俺はここで何をやっているんだ、バカバカしいなと思いましたね。

 

シルクのパジャマとシャツで通販ビジネスへ

――「夢グループ」の前身は「ユーコー」という会社名で、新聞広告でシルク商品を大々的に宣伝し、売り上げを伸ばしました。それが現在の通販ビジネスのもとですね。なぜシルクを扱うようになったんですか。

 中国・天津の手痛い失敗から、今度はビジネスのしやすい香港で、リベンジしようと考えたんです。思い切って、香港に住むことにしました。日本と香港を行ったり来たりの二重生活を7年続けました。バストを大きくするクリーム、痩せるクリーム、まつげを伸ばすクリーム、眉毛のクリーム、という商品が中国のあちこちで売られていて、これは日本でもきっと人気になると思い、個人輸入商品として扱うことにした。すると香港で知り合った大物実業家から「そんないかがわしい商品はやめなさい。高級なシルクを商材にしなさい」とアドバイスされた。

関連記事