——どういう動機だったのでしょう。
佐々木 男性は優秀な私立大学を出ていて“いい会社”に入りました。ある時会社でミスをして、それを隠すために嘘をついたんです。しかしその嘘がバレて、始末書を書くことになった。それを母親がかばってくれなかった、というのが殺人の理由でした。
——……どういうことでしょう?
佐々木 男性の母親はいわゆる“モンスターペアレント”で、学校で問題が起きた時は常に「うちの子は悪くない」と主張して男性が謝らなくてすむようにしていたんです。しかし会社での嘘について相談を受けた時に「なんで嘘をついたの。それはあなたの責任でしょ」と責められ、殺害を決意した。そして母親が寝静まるのを待って、ナイフとベルトで殺害したんです。
——その場ではなく、寝静まるのを待った冷静さも怖いです。
佐々木 「犯行前に一度冷静になる」というのも最近の事件の特徴です。感情的になって、理性が効かず殺害する事件は多く見てきました。でも京王線や小田急線の事件や、愛知で同級生を刺した中学3年生は、犯行の前に冷静に計画を立てています。事前にインターネットで凶器を買い、停車間隔が長い特急電車を狙ったり。普通ならばその途中で思いとどまるのに、彼らは最後までやりきってしまう。
——佐々木さんから見て、いきなり、最後まで犯罪を実行してしまった容疑者たちの共通点は何ですか?
佐々木 彼らには失敗経験がないように見えます。特に無差別事件を起こした人に顕著ですが、それまでの人生でずっと受動的に生きてきたタイプが多い。失敗したりストレスを感じた時の知識経験が少なく、また想像力や他者共感が顕著に欠如していて、ストレスの発散方法がわからずに突然“殺人"という逸脱行為に走ってしまうんです。
身を守るためには「普通の人をたくさん見る」
——それは家庭での教育方針などである程度解決できるのですか?
佐々木 できると思います。多様な価値観と出会ったり、失敗から立ち直る経験や、「自分はここにいていいんだ」という居場所は犯罪の手前で踏みとどまるために大切な要素です。親はどうしても自分の価値観を子供に押し付けがちですが、子供がいろんなことにチャレンジして価値観を作り変えていける環境を作ることが大事だと思います。
——それにしても前科のない人が突然凶行に及んだり、ましてターゲットが無差別だったりすると防ぎようがない気がして、外へ出ることさえ不安になってしまいます。自分の身を守る方法はあるのでしょうか。
佐々木 残念ながら、突然発生する無差別事件を完全に避けることは難しいですが、僕が鉄道警察隊にいた頃に言われた「普通の人をたくさん見ろ」というアドバイスは役に立つかもしれません。今から犯罪をしようという人間は、やはり行動のどこかに異常が表れます。顔が興奮していたり、何かを凝視していたり、ずっとこっちを見ていたりなど、そういうサインを見つけるんです。そして異常に気づくためには、「普通の人」を常にたくさん見ている必要があるんです。
——犯罪を犯す人の特徴を探すのではなく、普通の人をたくさん見ているとそこから外れる人に気がつけるのですね。
佐々木 「歩きスマホ」や、電車の中でずっとスマホを見ているのは無警戒になるので危険です。僕は今でも警察官だった頃の癖で、電車に乗れば消火器や非常ボタンの場所を確認するし、レストランなどでは非常口を確認します。本当はそんなことをしなくてもいいのが理想ですが、想像できない事件が起きている今の時代には自分で自分を守る必要があると思います。