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source : 文藝春秋 2001年10月号

genre : ライフ, 芸能

母と同じ仕事がしたいと思っていた

 間もなく夏休みに入ろうとしていたそんなある日、私はホームルームで配られた数枚のプリントの中から、興味深いものを見つけた。そのプリントの内容は、USC(南カリフォルニア大学)の映画学部の卒業生が、短編映画を作るという通知だった。そして、それは同時に、その映画に出演する男の子と女の子を探しているという、オーディション告知でもあった。

「募集してるんだってよ、受けてみれば?」

「無理だよー、あなた受けてみなよ」

「やだよー!」

 そのプリントを読んでいた友達が、隣に座っていた女の子と話しているのが聞こえた。私は、思わずドキドキしていた。やってみたいと直感的に思ったからだ。

 その映画の原作は、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が紹介した日本の民話「THE RED BRIDAL」。「小泉八雲って誰?」私はその人の名前を聞いたことがなかった。でも、時代設定は1933年で、天皇陛下が世界で一番という教育方法に慣れていない男の子(太郎君)が、四国から東京の学校に転校してきて色々つらい思いをするというお話だった。

2017年、ミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」の製作発表に登壇した神田沙也加さん

 もし女優さんになれたら、日本の古い時代のお話をやってみたいとずっと思っていた私にとって、まさにこれは天から降ってきたような大切な大切なチャンスに思えた。このオーディションに合格できれば、一気に2つの夢が叶ってしまうのだ。私は、物心がついたころから、漠然とではあったが、母と同じ仕事がしたいと思っていた。

「この世界でやっていくのは、決してたやすいことじゃないのよ。もちろん楽しいことも沢山あるけれど、華やかに見えてもつらいことの方が多いんだから」

 母がそう言っていたことを思い出す。

 でも、松田聖子の娘として生まれて、母がコンサートとかをやっているのを見たら、同じ仕事をやってみたいと思わないほうが、正直に言って難しい。応援してくれる人がいっぱいいて素敵な所に見えるから、すごく自然に芸能界に憧れる気持ちがあった。女優さんをやれるとしたらこんなことにチャレンジしたい、歌手をやれるとしたらこういう歌にチャレンジしたい、色々なことに全部チャレンジしてみたいと思っていたのだ。

母がきょとんとした顔で……

娘のオーディションを後押ししたという松田聖子 ©文藝春秋

 その日、家に帰ると、母はいつものようにキッチンで夕食の準備をしていた。私は母に駆け寄り、「ねーねーねーねーねーねー!」と、握りしめていたプリントを差し出した。

「今日ね、こんなのが配られたんだけど、ちょっとやってみたいんだよねー」

 母が、きょとんとした顔でプリントを読み始めた。どんな答えが返ってくるか、一瞬、緊張した。私はUSCという大学の名前も知らなかったが、映画学部の卒業生にジョージ・ルーカスとか、すごく有名な監督さんがいることを母は知っていた(←尊敬)。

「いいじゃない、やってみたら。すごくいい経験になると思うよ」

 母が笑いながら言った。

「ほんと!? じゃあ、これ受けてみてもいい!?」

「うん、いいよ。じゃあ、ママが聞いてみてあげるね」

 と、オーディション詳細のFAXまでもらってくれた。すごく嬉しかった。送られてきたそのFAXは、オーディション時に演じる場面の台本だった。

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