「レッサーパンダは群を作らずに単独で暮らします。1頭もしくは親子です。放飼場が限られる千葉市動物公園ではペアリング開始の12月から6~7月の出産前まで一緒に飼育していますが、交尾の期間だけ一緒にする園もあるほどです。くっつきもせず、同じ空間にいてくれれば相性がいい方なのです。一度ぐらいギャーッとやり合っても、その程度で済んでくれればいい。風太もたまにチィチィに近寄って、ガッと引っぱたかれていました。風太はチィチィによく怒られていましたね」と笑う。
2頭は相性がよかったのだろう。ペアリングをしてからすぐに妊娠し、06年6月に双子が生まれた。園待望の赤ちゃんだった。チィチィはその後、毎年のように子を産んで、千葉市動物公園に明るい話題を提供していった。
子が10頭、孫が31頭……
2頭は10頭の子に恵まれた。しかし、2011年に生まれた最後の双子は育たなかった。
この時、チィチィはレッサーパンダの「野性」を見せつけた。先に死んだ1頭を食べてしまったのだ。濱田さんは「野生では腐敗臭が漂うと、他の肉食獣に襲われかねません。このため親が食べることがあります。そもそも野生では巣穴をよく移します。チィチィも他の子を出産した時ですが、食事の時にいないなと思ったら、子を屋外の放飼場の隅っこに移して、お乳をあげていたことがありました」と話す。
風太とチィチィの子は8頭が育ち、2008年に生まれた第6子のクウタを跡継ぎに残して他園へ移した。ブリーディング・ローンのためである。第7子のコウタは、はるばる南米のチリ国立サンチアゴ動物園へ渡って行った。
風太の跡継ぎとなったクウタは、東京都の多摩動物公園から嫁入りしたメイメイとの間に7子を設け、風太一家は大家族になっていった。千葉市動物公園以外の子孫も含めると、2020年12月末時点で、子が10頭、孫が31頭、曾孫(ひまご)が20頭、玄孫(やしゃご)が8頭も生まれるという繁栄ぶりだ。
衰えが目立ち始めた風太
そんな風太夫妻や子供達にも老いは訪れる。
「物おじしない肝っ玉母さん」(濱田さん)だったチィチィが2015年7月、12歳で急逝した。「年齢のせいで何回か調子が悪くはなっていたのですが、急に体調を崩して死んでしまいました。腸閉塞でした」と濱田さんは話す。
その日、チィチィがバタバタと介抱されていた寝室に風太は入って来なかった。「やっぱり異変を感じていたのでしょう」。濱田さんはしんみりと語る。
跡継ぎのクウタも2020年12月、同じ12歳で死んだ。肺にうみがたまったせいだった。
風太自身に衰えが目立ち始めたのは、濱田さんが他の動物の担当に移った2019年頃からだ。
右目が白内障になった。
「大好物のリンゴを取りに来る時、治療薬の目薬をスプレーでシュッと吹き掛けていました。でも、液体が掛かるのが嫌だったのでしょう。繰り返しているうちに、リンゴを取りに来なくなってしまいました。治療薬と言っても、治すわけではなく、病気の進行を止めることしかできません。リンゴを食べなくなるほどのストレスになるなら、目薬は止めようと当園の獣医と相談して中止しました。この頃から風太の動きが少し緩慢になりました」と濱田さんは語る。
2020年12月にはエサが食べられなくなった。