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安倍の「他人ごと感」

「私は関係していない」と述べた二階の発言を受けて、ある自民党の国会議員は「二階さんからすると(一連の支出の決裁書類に)はんこはついたかもしれんが、『俺が決めたわけじゃない』と言いたいんだろう。黒幕は安倍さんでは」と解説。「安倍さんは克行をかわいがっていたし」と振り返る。

 克行は安倍政権で総理大臣補佐官を務め、19年の参院選前後に5回、総理大臣官邸で安倍と単独で面会していた。

 1億5千万円の真相を知るキーマンとみられる安倍をどう取材するか。20年9月に突然、体調不良を理由に総理大臣を退いた安倍に対し、公の場で質問する機会はほとんどなかった。だが、樋口は安倍への取材の機会をうかがっていた。

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 通常国会が終わった直後の21年6月16日午後、衆院内の本会議場から出てきた安倍に質問をぶつけた。「河井夫妻への1億5千万円の件についてですが」と尋ねると、意外にもすぐさま答えが返ってきた。

「ああ、あれね、近々党本部が説明しますから」

――最終責任が幹事長と安倍前総裁にあると二階さんが発言しましたが。

「いきなり言われても答えないから」

――党本部からしかるべき説明が近々ある、ということでよいでしょうか。

「はい。いちいち言わないでくださいよ。私も総理大臣の時に答えてるんだから、ちゃんと。今、党幹部が整理している。(検察が押収した河井夫妻の政党支部の)資料がちゃんと戻ってきたら、皆が納得するように説明すればいい」

安倍晋三氏 ©文藝春秋

――党本部として説明するのですか。

「当たり前じゃない」

――総裁が。

「総裁じゃないよ」

――幹事長が。

「そう。ちゃんと勉強しなきゃ。公選法をちゃんと勉強したの? 私は答えているからね。ちゃんとね」

――公選法はこの数年、いろいろ勉強させてもらいました。

「党の支出とはどういったものなのか、とかね。嫌がらせの質問が一番よくない」

――嫌がらせではありません。

 1分あまりのやりとりで安倍の発言やトーンから発せられていたのは、強烈な「他人ごと感」に他ならなかった。参院選当時、自民党総裁として税金が大半を占める巨費を案里陣営に投入したことへの反省など、つゆほども感じられなかった。繰り返すが安倍は、資金提供の前後には総理大臣官邸で頻繁に克行と面会。参院選の公示前から自身の地元秘書団を山口県から広島県に投入し、政財界の関係者を回らせていたのにもかかわらずである。

 国会で1億5千万円について追及された20年1月、安倍は選挙時の資金投入について「自民党執行部に任せている」と答弁した。これが「総理大臣の時にちゃんと答えた」ことになるのだろうか。加えて、記者を完全に見下し、「公選法をちゃんと勉強したのか」「嫌がらせの質問が一番よくない」などと言い放つ。この問題のみならず、森友学園や加計学園、「桜を見る会」の各問題など、安倍は自身を取り巻く数多くの「疑惑」に真正面から答えてこなかった。それだけに、樋口も安倍から納得のいく答えが引き出せると踏んでいたわけではなかったが、落胆せずにはいられなかった。この国のリーダーの座に長く座った人物の本質を垣間見た気がした。

ばらまきの原資は政権中枢からか

 1億5千万円の問題で最大の焦点は、そのカネが河井夫妻が地方議員らにばらまいた買収の資金に使われたかどうかである。

 この疑問に対し、自民党本部は関連の資料が検察当局に押収されていることを理由に具体的な説明をしなかった。

 河井夫妻の公判でも解明は期待できなかった。検察当局が立証しようとしていたのは「河井夫妻が買収の意図を持って現金を配ったこと」であり、「そのカネをどう調達したか」は立証の対象から外れていたからだ。

 克行は被告人質問で「1億5千万円は買収の資金に使っていない」と強調。買収の資金は自己資金から出したと述べたが、説得力のある説明とは言えなかった。