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杭に縛りつけて目隠しをし、口をふさぎ、腹を裂いて…“残虐すぎる処刑”の片棒を担いだ男性が明かすポル・ポト流「恐怖支配システム」の実情

『ポル・ポトの悪夢 大量虐殺は何故起きたのか』より #2

genre : エンタメ, 読書

オンカーによる支配の構造

 この元密偵長によれば、もともと集落の住民を強盗などの「敵」から守ることが、密偵の仕事だった。しかし、「敵は内部にいる」という命令が来たため、その役割は住民の監視に代わったのだという。

 こうした命令はどこから来ていたのだろうか。元密偵長は、「すべてはオンカーからの命令だった」と言う。それでは、彼は、その「オンカー」が何者なのか知っていたのだろうか。

「知らない。上層部からの命令だとしか知らない。見たことがないよ、ポル・ポトも見たことがない。私に命令を伝えてきた者しか見たことはない。村長の名前が何だとか、集落長の名前が何だとかは知っていた。でもその上の人物が誰かは知らなかった」

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 また、元密偵長はこうも言う。

「命令があるときは、密偵と集落長は(より上位の行政機関である)村で会議をする。村は郡へ行き、郡はさらにその上から司令を受ける。村も郡もみんな上のオンカーから命令を受けた」

 この「上のオンカー」にカンプチア共産党があり、その頂点に共産党書記のポル・ポトがいたことは明らかだ。しかし、実際には、一般住民にとっての「オンカー」は、例えば村長であり、村長にとっての「オンカー」は郡長であり、郡長にとっての「オンカー」は地区長であった。だから、住民が村長に反抗すれば、この住民は「オンカー」に反抗したことになる。元密偵長はこう言う。

「もしヤシの実を1個盗んで食べても殴り殺された。『オンカーを裏切った』と言われて」

 虐殺する側にとっていかに都合のいい言葉だったかがわかるだろう。「オンカー」への反抗は、すなわちポル・ポト政権という国家への反抗とみなされたのである。

 この見えない支配者「オンカー」による恐怖支配システムの実現を可能にしたのが、ポル・ポト政権による一連の破壊的な政策だった。都市住民を強制的に退去させてカンボジア中の人口を攪拌し、村落共同体を破壊した上で、カンボジア人の精神そのものとも言える仏教を廃止。さらに、サハコー体制の確立によって家族までも解体した。国民一人ひとりが寄るべき共同体を失い、ばらばらとなった。そこに「オンカー」が支配者として現れ、垂直的な命令系統で彼らを支配したのである。共同体や家族といった横のつながりを失った国民は、「オンカー」に反対する術を持つことができず、「オンカー」の命令をそのまま受け入れ実行する「ロボット」にすぎなくなっていった。

 こうした支配構造の中に「内部の敵を探せ」という「オンカー」の命令を流せばどうなるか。元密偵長の次の言葉は、その恐怖支配の実態を明らかにしている。

「皿を一枚割っただけで、おまえは敵だと言っていた。スプーンを1本なくしても敵。なまけて牛にえさを十分やっていないと言っては敵。牛車が壊れれば、運転していた者は敵だった。毎日毎日、殺した。サハコー一つひとつで何千人も死んだ。連れ出して殺した。村の指導者が、『今日は誰だれを殺した、何人殺した』と報告すると、上の者は『でかした、よくやった』と褒め称え、はしゃぎまわっていた」

「もし、ある男を殺したかったら……。CIAだと言う。アメリカのCIAだ。またはベトナムの仲間だと言う。または、鶏やヤシを盗んだと言う。そう言うんだ。そうすれば、簡単に罪を問える。こうやって敵はどんどん死んでいった」

 年を追うごとに、処刑される人たちは増え、どんな些細な問題を起こした人でも殺してしまうようになった。

【前編を読む】1万4000人が収容されて生き残れたのは7人だけ…ありとあらゆる“拷問用具”がそろった「尋問センター」で行われていた恐ろしすぎる“粛清”とは

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