特別展のラストには、「あなたは死後、あなたの個人データとAIやCGなどを利用して『復活』させられることを許可しますか?」という問いが投げかけられる。YESかNOのどちらかに投票するのだが、取材時にはNOがわずかにYESを上回る程度で拮抗中。つまりはなかなか結論の出ないテーマ、ということなのだろう。
ロボットは「人と人の間に入れる科学技術」
「ロボットは、使い方によっては課題解決になる優れた技術です。盲導犬のように目的地に連れて行ってくれるAIスーツケースなどもあり、これなどはまさに課題を解決するロボット。ですが、使い方を誤ると上手くいかないこともあるんです。
たとえば、AmazonがAIに採用を任せたら、男女平等ではなく女性をほとんど採用しなかった。それは、それまで人間がやっていた採用の“歪み”も含めてAIが学習してしまったからです。ロボットやAIは単純に未来を明るくしてくれるものとは限らないんです」(宮田さん)
宮田さんがこう話すように、ロボットの技術は使い方次第で毒にも薬にもなるし、人間とは何かという優れて哲学的な問いにも直結するのだ。
人型ロボットからかわいらしいペットロボット、ぞっとするほどリアルなアンドロイド、AIで会話できるロボット。あらゆるタイプのロボットが並び、ふれあえる。それだけでも充分楽しめるが、その中でロボットと人間との関わりについて考えるきっかけにもなるのが、「きみとロボット」展というわけだ。
「人と人の間に入れる科学技術がロボット。不安要素もあるし、希望もあると思います。この特別展では私たちの考え方を押しつけようという気持ちはまったくありません。少しでも、何かを考えるきっかけにしていただきたいという思いで作っています」(宮田さん)
もはや、ロボットは夢の技術ではない。すでに人びとの暮らしの中に入り込んでいるのだ。「きみとロボット」展の締めくくりでは、ロボットと人間が織りなす近い将来の社会像が提示されている。ロボットの友達とケンカしたり、パートナーロボットと生活を共にしたり、アバターを使って家に居ながらにして世界旅行をしたり。
どんな未来がやってくるかはわからない。そしてそれを決めるのは私たちひとりひとりなのだ。そんなことを、お台場の片隅で考えさせられた。ダイバーシティのふもとにそびえるガンダムも、もしかしたらただのフィクションではなくなる日が、やってくるのかもしれない。
記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。次のページでぜひご覧ください。