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ミステリの新たな可能性

――「歪んだ朝」は、流行作家になってからの作品ではなく、新人賞の応募作です。締切があるわけでもないですし、先々の展開を決めないまま書き始めたとは考えにくいですが、円居さんが読むと、書いている西村さん本人が、刑事と街を歩きながら一緒に謎を推理しているように感じられるということですね。

円居 そうです。そして、中盤で「なぜ少女は口紅を塗ったのか」というホワイダニットの謎が解かれ、こちらが「おおっ!」とビックリしているうちに、今度は謎の焦点が「少女はどの道を歩いたか」に変わる。それが解決すると、次は「誰が彼女を殺したのか」を問うフーダニットへと変わる。謎のギアチェンジの頻度が上がるとともに、物語のテンポがめちゃくちゃ速くなるんですよね。

 昨秋、新潮社の新井さんとのイベントで、読者の満足度を上げるために、1つの謎を引っ張りすぎず、早め早めに解決して次の謎を追加投入していくテクニックがあるとお話ししましたけど、「歪んだ朝」ではそれに近いことがなされています(編集部注:円居さんは昨秋、「京都大学推理小説研究会直伝『ミステリの書き方』講座――10の必勝法」の講師として、新潮社の編集者・新井久幸さんと共に登壇し、自身のノウハウをわかりやすく披露した)。

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©文藝春秋

――「ミステリって中盤の捜査シーンが退屈になりがちでは?」との参加者の質問に対して、複数のネタを用意し、謎の焦点を変えながらどんどん入れていけばいい、と、おふたりが回答していた技術のことですね。

円居 「口紅の謎」が解決したあたりから、突然、物語のスピードも上がるので、ここは僕の完全な邪推なんですけど、「口紅の真相」を思いついた頃、おそらく応募の締切が迫ってきたのではないかと(笑)。そして、このあたりで西村先生は、用意していた謎の解決法をすべて思いついたのではないかとも思います。後半にギアチェンジしてから、ラストの犯人逮捕まではあっという間なんです。

 僕自身、本格ミステリの書き手なので、これまでは最後のトリックやオチを思いつくまでずっと粘って考えて、閃いた瞬間、ゴール地点から逆算して原稿を書き始めることが多かった。けれど、最近は、冒頭の事件や主人公のキャラが固まったら、先々まで決めすぎないで、「解決方法は書きながら考える」メソッドにチャレンジしています。詳細はまた別の場所に譲りますが、西村先生のおっしゃる「自分でも先が分からないから楽しい」書き方に、ミステリの可能性を感じているんです。

――ムックの記事で、他に面白かったものがあれば教えてください。

円居 綾辻行人先生と有栖川有栖先生の対談「僕らの愛する西村作品ベスト5」が興味深かったですね。両先生の挙げたリストを見ると、綾辻先生たちの世代と、僕らの世代、もっと若い世代のミステリファンとで、さほど好きな作品って違わないんだなと分かって驚きました。「時代を超えて読み継がれる傑作ミステリとは何か?」を考える意味でも、作家志望者必読のムックだと思いますよ。

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【講師プロフィール】
円居挽(まどい・ばん)
1983年、奈良県生まれ。在学中、京都大学推理小説研究会(ミステリ研)に所属し、2009年に『丸太町ルヴォワール』(講談社BOX)でデビュー。全4作の「ルヴォワール」シリーズをはじめ、「シャーロック・ノート」シリーズ(新潮文庫nex)、「キングレオ」シリーズ(文春文庫)、人気スマホゲーム「Fate/Grand Order」のイベントシナリオを自らノベライズした『虚月館殺人事件』『鳴鳳荘殺人事件』など著書多数。精緻な伏線と大胆な推理合戦、瑞々しい青春描写が高く評価されている。